殺伐家族
「スクアーロ、なんであんなに荒れてるの?」
「ボスに身長抜かされたの」
「で、ボスはなんであんなに荒れてるの?」
「成長痛らしいわ」
「じゃあ、ベルは?」
「自分だけ成長してないのが悔しいらしいわ」
(不機嫌な三人)
今日は静かだなっと、彼は銀色の髪に指を絡めて言った。
彼にしなだれかかる銀色も、薄く目を開いて頷く。
あまりにも静かな時間を噛み締めるように彼も目を閉じた。
こんな日が、いままでどれだけあっただろうか。
ゆるやかに流れていく時間の中で、もっとも有意義で贅沢な静寂を味わった。
「どうする?」
「もう、誕生日おめでとー!って雰囲気じゃないわよね」
「つーか、覗いてるのバレたら王子、殺される?」
「……帰りましょうか」
「そうだね、今日くらい……スクアーロを譲ってあげるよ。今日は一人で寝る」
「えー、じゃあ、王子と寝る?」
「それもいいね」
「あらー、いいわね、私もいれて」
「「だめ」」
(ボス誕生日)
赤い瞳の父に聞こうと思ったが、聞く前に「知るか」っと言われたので銀の瞳の母に聞いてみた。
母はエプロンにトマトを持って長い長い、ぶらさがれそうなほど長い前髪をうっとおしそうにかきあげて答えた。
「どうして、人を殺しちゃいけないの?」
「別に人を殺すことがいけないことじゃねえんだよお。どっかの誰かにとって殺しちゃいけない人間がいるだけなんだあ」
父も母も血の匂いをたっぷりまとってたから、なんだかちょっとだけ納得した。
その日のトマトパスタもすごくおいしかったです。
(レプレちゃんの前に捏造してた子どもネタ)
彼の主は、彼を手に入れれば安心できると思った。
自分のモノだと、誰もがしれば、なにも悩まずにすむと思っていた。
しかし、実際はどうだ。
「男って、他人のものの方が燃えるのよね……本能かしら?」
ただ、ライバルが増えただけだった。
初めてオレがスクアーロを見たとき、きっとこいつはボスから離れたら死ぬんだと思った。
それくらいボスにべったりで、ボスなしじゃ生きていけませんって顔してたから。
だから、ボスがクーデター失敗したと聞いた時、すんなりと「ああ、じゃあ、スクアーロは死んだんだ」って納得できた。
だから、スクアーロが生きてて、俺の前に現れた時は、幽霊だと思って思わず早く成仏しろとか言っちゃったくらいだ。
でも、スクアーロはまったく怒らなくて、どころかにやっと笑って。
「ああ、オレも早く成仏してえ」
なんて言いやがった。
オレは確信したね。ああ、やっぱりスクアーロはボスから離れたら死ぬんだって、もう死んでるんだってさ。ここにいるスクアーロは幽霊で、ずっと死んでるんだ。
未練があって、成仏できなくて、フラフラしてる幽霊。
うわ、似合わない。キレイサッパリ消えた方が、どれだけスクアーロらしいだろう。でも、その未練はボスだろうから、そこはすごくスクアーロらしいと思う。
まあ、未練があるってことは、たぶん、まだボスは生きてるってことで、そんなスクアーロを成仏なり生き返るなりさせることができるのはボスだけで。
オレは幽霊なんかが同僚やってるのは気持ち悪いから、仕方なくスクアーロの成仏だか生き返るだかわからないけれど、そういうのの手伝いをしてやることにした。
8年後、スクアーロは成仏じゃなくて生き返った感じ。
ああ、やっぱり、スクアーロはこうじゃないと。
(ベルは意外とスクのことわかってる。感覚的に)
報われないふりの片思い
ヴァリアーにいるやつなんか、いつ死んでもかまわないような奴らばっかりだと人は言う。
そりゃ、外の奴らから見ればそうかもしれない。
けど、俺の場合は違う、今この瞬間死んだら困るから、ヴァリアーにいる。俺がいつ死んでもいいと思うのは、ヴァリアーから抜けた時だけだ。
すなわち、それは主に背くか、あるいは主がボンゴレに背いたときだけ。
前者はそれこそ、死んでもありえないから、俺はいつでも後者のために牙を研ぐ。
そう、いつかお前はいつ死んでもいいのだろうと主が言う日まで。
俺は今日も、ヴァリアーにいる。
早くこの命を使い捨てみたいにできる日を待ち望んで。
(もっと自分を大事に)
心臓を探せ!
彼の心がそう叫んだのでとりあえず探してみた。
その心臓が何かの比喩なのか、はたまたなにかの心臓なのか、まさか彼の心臓なのかわからず、それでも言われたら探すしかなく探すために歩く。
途中で同僚に会ったので聞いてみようかと思ったが、王子様と赤ん坊とデカブツしかいないのでやめた。聞いたところでバカにされるのがオチだろう。
せめて、ネクロフィリアか忠実すぎる嫉妬の権化がいれば聞いたかもしれないが、あのメンツでは聞く気も失せる。いや、もしかしたらあのデカブツの奥深く、くすぶる老いた炎であれば答えられるかと一瞬過ぎったがまさかっと首を振る。
まあとにかく心臓だ。
見つからなくても探すフリくらいしておかないと彼に殴り殺されてしまう。
庭をぶらぶら歩いていたら、ふっと懐かしい姿を発見してしまい、げっと顔を歪める。おぞましくも、見たくもない懐かしい姿。
懐かしい姿は左腕を弄びながらこちらに気づいて視線を向ける。関わりたくなかったので無視してあちらにいこうとすれば、
「しんぞうをさがしてるんだろ?」
っと声をかけられた。
なんで知ってるんだよっと叫びかけて無視する。
無視に徹しないといけない。
けれど、構わず懐かしいそいつは声をかけてくる。
「しんぞうがどこにあるかおしえてあげよう、しんぞうはひだりうでにある。そう、ここにある。おまえはわたしにしんぞうをうばわれたんだ。
いや、おまえはすてたのに、あいつはひろいたいとおもったんだおまえのしんぞうを、だからあいつはおまえにさがせとさけんだんだ」
慌てて振り返れば、俺の左腕を弄んでいたはずの隻腕の懐かしい姿はいなくなっていた。そりゃ当たり前だ。俺が殺したのだから。
しかし、これで心臓がどこにあるかわかった。けれども、彼に心臓を持って帰るのは不可能だ。
しょうがないので彼に殴られるのを覚悟で「心臓はてめえの為に捨てたんだ」っと言いに行こう。
(抽象的な話)
少年は自分が永遠の忠誠を誓った主の足にみっともなく縋って泣いた。恥も外聞もそこにはない。ただ盲目なまでの執着と共愛だけがある。
「いやだいやだいやだいやだいやだ、行くなよお!! なあ、行くなよお!!」
「うるせえ、ドカス、汚ねえから離せ」
がつっと蹴り飛ばされその頬に靴型がついたが、決して少年は離さなかった。
首を左右に振り、哀れそうに見上げる。
「行くなら、俺を置いていくなあ。つれてけよお!!」
「あっちは俺一人でこいっつったんだ。ルッスリーアならまだしもてめえなんざ連れて行けるか」
「いやだあ!! なんでルッスならいいんだあ!! ずりい!!」
「ずるいとかじゃねえだろ、殺すぞ!!」
「てめえになら殺されてもいいから、行くなよ、つれてけえ……。
だって、俺たち、離れたことねえじゃねえかあ……」
がつっと今度は鼻を蹴り飛ばされ、鼻血が溢れた。
それでも、少年は離れない。
「なに、あれ?」
それを、金の髪の少年がひどく気持ち悪そうな目で見ていた。
「あら、ベルちゃんは初めて見るの?
ボスお出かけ前の儀式」
古参の青年が慣れた仕草で呆れたように呟く。
「初めてっていうか、儀式って? あれだれ? 鮫じゃない」
「いいえ、スクちゃんよ……」
「だってさ、あの鮫、バカだけど、あんなじゃなかっただろ。傲慢でえらそうだったじゃん」
「そうね、スクちゃんはいつも自信満々で強くて横暴でわがままでだけどね」
「だけど?」
「御曹司様と離れるのだけはだめなのよー」
「はあ?」
「なんというかね、病気なの、依存症っていう。スクちゃんはね、御曹司様から離れられないの。出会ってから、半径5メートル以上はお仕事でも離れない徹底っぷり。
食事だって、お風呂だって、ベッドだって、一緒。かわいいを通り越して怖いわよね」
「……あれって、御曹司の護衛じゃなかったの?」
「いいえ、スクちゃんの病気」
「……」
「あっほら、御曹司様が折れたわ。いつもこうなのよねー……」
顔中を涙と血で汚し、腫らしながらも少年は笑っている。この世の幸福を全て詰め込んだようなその笑顔に、金の髪の少年はぞっとした。
しかし、それ以上にぞっとするものがあることを、古参の青年は知っている。その少年の前に立つ主が、不機嫌そうな顔をしているものの、喜んでいることを、知っているからだ。
本当は、これっぽっちも、少しも、主は少年の行動を厭うたりはしていない。表面ではそう思っても、そう見せていても、一切。
そう、あれは少年のためだけの儀式ではない、主のためでもある儀式だ。
「……お似合いね」
古参の青年は、二人の将来が心配で心配で心配で、しかたなく溜息をついた。
(依存症なザンスクはお好きですか?(黙れ)
ニッポンのチャンスの神様は前髪が長くて後ろ髪がないとか。
それは、早く掴まないと通り過ぎた後は何もつかめないという暗喩らしい。
よくわかんない。
まあ、そんなことはおいといて、うちのバカ鮫はその神様と前髪も後ろ髪も長くなっちゃって、掴みやすいんだけど、あれはボスがつかみやすいようになのかな?
昔昔、俺が小さい頃、まだスクアーロの髪が短かった頃、ボスがスクアーロを掴み損ねちゃったから。
あの前しか見ず、誰も彼もおいてけぼりで走っていくスクアーロの後ろ髪。俺もボスもじっと、見ているだけだった。
でも、あれだけ掴むところがあれば、そりゃいくら不器用なボスでも、一束くらいつかめるよね。
そうしたら、俺にも一束くらいつかませてくれるだろうか。あれだけあるんだから、一束くらい、いいよね?
俺だって、あの時掴み損ねたんだから。
(今度こそつかみたい)
主の心臓喰らって鮫が逃げた。
スクアーロが逃げたのは、もう一週間前のことだ。
俺が最後に見たスクアーロは顔面蒼白で、声かける暇もないくらい速さで廊下を疾走していた。なんか、ありえないけど、泣きそうにも見える感じ。
それから、3日くらいして、スクアーロ見ないなっと思ったら、スクアーロが仕事もなにも放り出して国外に逃亡したという連絡を受けた。
まさか!? 他の誰が逃げても、裏切っても、スクアーロがそんな。
たぶん、ヴァリアーにいる奴らどころか、スクアーロを知ってる奴なら絶対そう思っただろう。
すぐさま捕まえるために隊が組まれて、マーモンは念写を鼻が赤くするくらいやりまくった。
けれど、なぜかスクアーロは捕まらない。
「スクちゃん、うまく逃げてるわね」
それでも、俺が慌てないのは、この目の前のオカマが慌ててないからだ。一切、落ち着いた様子でチェスの駒を弄んでいる。
「ルッスーリア」
「なあに、ベルちゃん?」
「スクアーロが逃げた理由、心当たりあんの?」
「どういう意味かしら?」
「だって、いつもなにかあればいの一番に騒ぐのに、随分静かじゃん」
俺がじっと見てやると、あらあらと頬に手を添える。
「よく見てるわね、ベルちゃん」
「うしし、だって俺王子だもん」
「そうね、心当たりはあるわ。たぶん、これ以外でスクちゃんがボスから逃げるなんてないって思う心当たりが」
「なに?」
ルッスーリアは、笑った。
こういう表情のときは何を言っても口を開かないと知っているから、俺はあえて聞かない。
けど、まるで独り言のようにルッスーリアは呟く。
「たぶん、ボス、やっと言えたのね」
それから、更に1週間後、ボスが捜索に乗り出して、スクアーロは捕まった。
帰ってきたスクアーロは顔を真っ赤にしてて、ボスもなんか恥ずかしそうで、ぶっちゃけ気持ち悪い。
そのまま二人で部屋に入ってったのを見届けて、野暮ってものがわかる俺は、マーモン連れて外に繰り出した。
マーモンが俺に不思議そうに聞いてくる。
「なんでスクアーロは逃げたのかな?」
「うしし、ボスがやっといえたんじゃない?」
まったく、バカップルには付き合っていられない。
(やっと言えた)
スクアーロは、時々、自分が主よりも年下であってよかったと思う。
主にいない世界に、1秒たりともいたことのないということは、主で髪の毛の先から足の爪の先まで構成されたスクアーロにとって、ひどく誇らしいことだからだ。
今までもそうなのだから、きっと、これからも、最後まで、スクアーロは主のいない世界に一秒たりとも存在しないと思う。
それはつまり、自分は主よりもずっとずっと先に死ぬのだと、信じて疑わないことだった。
それがどれだけ、主を孤独にさせることか、少々頭の足りないスクアーロには、理解できない。
(貴方の傲慢が主を苦しめる)
その日のスクアーロの瞳は不思議なほど澄んでいた。
つりあがった瞳をこれでもかというほど見開いて、待っている。
澄んだ銀に主を写し、待っていた。
主の言葉を、主の視線を、主の手を、全身全霊で待っていた。
けれど、いつまで経っても言葉も視線も手もこないものだからいつまでも待ち続けることになる。
静かな、静かな夜だった。
スクアーロの瞳のような明るい月が夜を照らし、星の輝きを邪魔をする。
だから、スクアーロは主の一挙一動、髪の毛が風に触れ揺れる様までしっかりと焼き付けていた。
耳に痛いほどの静寂。
呼吸の音すら聞こえない。
立ったまま身動き一つしない主を見て、スクアーロはやはり待っていた。
待つことしかできなかったとも言える。
まるで、たった一つの部屋の中、主しか知らず育った子犬のように、まっすぐで鋭く、背筋をぞっとさせるような盲信的な目。
不思議な夜だった。
スクアーロの瞳は澄んでいたし、木々のこすれる音すらしない静寂に満ちて、そして夜だというのに明るい。
どこかの童話の中に紛れ込んだ気分だった。あるいは夢の中か。
夢なら、っと主は思う。
やっと、首を動かした。
数年ぶりに首を動かしたかのような痛みと違和感。
スクアーロは、見ている、待っている。
重い唇を開いた。
「こい」
銀に赤い瞳を写して、スクアーロは立ち上がった。ためらうことなく、主の傍らに膝をつく。
伸ばされた手をとって、恭しく口付けた。
やはり、妙に現実感が無い。それでも、夢でもなかった。
口付けられた手を、瞼に持っていく。
澄みすぎ双眸を覆い、足を折る。
重ねた唇はひどく荒れていたけれど、柔らかかった。
触れるだけ、夢と言われれば夢で片付けてしまいそうな、そんな。
そんな、初めての口付けだった。
(8年前の二人)
「貴方は本当に、頭は悪いくせにずるい子。そうやってきちんと逃げ道を用意してるんだわ。
不器用なのにどうしてそういうところだけはきちんとするの。
だから、貴方はいつだって、ボスと一緒に堕ちていけないのよ」
(スクは色々あっても土壇場で助かってるので、なんとなくルッスに微妙に言わせてみました)