1.枯渇するのは、その心(大食)
ゴーラは、じっと、自分の主を見た。
いつものように椅子に座る主は、いつも通りのようで、空っぽだった。
元々、満たされているような人間ではなかったが、奥底に残っていた一滴すら、消えた。
そう、空っぽだった。
あまりにも、主は空虚で、満たされない。
その事実に気づかない主は椅子に座ってまどろむ。
時折目を閉じるが、寝ている訳ではない。
ただ、瞬きをするたびに、瞼の裏に写る最後の一滴を思い出すのだ。
そう、大切な、大切だった失った銀色の一滴。
その一滴のおかげで今まで主は持っていた。
その一滴のおかげで今まで完全に枯渇することはなかった。
その一滴のおかげで今まで空っぽではなかったというのに。
無為な行動の繰り返し。
ゴーラの主は、その枯渇の正体に失ってなお気づかない。
きっと、いつまでも気づかないだろう。
気づかないまま、飢え、渇き、求めるのだ。
主は、喉が渇いたと呟く。
ゴーラは、その言葉にただ、主の好む飲み物を差し出すしかない。
決して、ゴーラは主の渇きを癒せない。
だから、その代償行為にグラスに液体を注ぐ。
主はそれを奪うように手にとると一気に飲み干す。
促されるようにグラスがゴーラの前に突き出された。
それにもう一度注ぐ。
同じように飲み干され、消えていく液体。
ゴーラは、じっと、自分の主を見ることしかできない。
(ゴーラのキャラがわかりません。雲編でどう出るか楽しみです。中身美少女だったらどうしよう……)
2.骨の髄まで侵してあげる(強欲)
スクアーロは僕に身も心も任せるべきなんだよ。
僕の能力は知ってるでしょ?
だから、スクアーロが僕に全部任せてくれるなら、極上の夢を見せてあげるよ。
起きたくなくなるような、蕩けるような、堕ち切ってしまうような夢。
なんでも、選ばせてあげるよ、全部あげるよ。
だから、ねえ、スクアーロ。
僕のものになるべきなんだよ。
僕はとっても優しくしてあげるよ?
ボスみたいに殴らないし、ベルみたいに切り刻まないし、ひどいこともしないよ?
これ以上内くらい、優しくしてあげる。
ねえ、スクアーロ。
僕にしときなよ。
体も心も、骨の髄まで全部、侵してあげるから。
「マーモンよお」
「何?」
「そんな俺、気持ちわりぃだけだと思うぞお」
「……そういえばそうだね」
(そんなぐだぐだスクアーロじゃない)
3.無為なる時にただ諾々と(怠惰)
「暇」
アクビをして枕に顔を突っ込んだ青年はそう呟いた。
ぽすぽすと何度か白いシーツを叩き、ころんっと転がる。
いかにもつまらなそうな仕草だったが、青年はそんな時間が嫌いではなかった。
むしろ、好きな部類に入るだろう。
しかし、別に、忙しい時間や、騒がしい時間が嫌いな訳でもない。
何もしない暇な時間。
それをただ何もせず、通り過ぎるままに味わう。
なんとも、最高の贅沢だと青年は心の中で思った。
それでも、じわりっと、湧き上がるものはあるもので
「スクアーロ」
青年は、姿は見えずとも声の届く範囲にいる相手に呼びかける。
決してベットから起き上がって動くことは無い。
ただ、相手がくるのを待つ。
「暇なんだけど」
そう続ければ、予想通りその銀色が顔を出す。
「勝手におしかけてきて文句言うなあ」
「だって、王子が暇な時にスクアーロが暇じゃないなんてありえないじゃん」
「意味わかんねーよ」
「とにかく、暇ー」
「……今昼飯の準備してるから、ちっと待て」
「王子待たせる気」
「うるせえ、それくらい待て」
走切り捨てられて頭が引っ込んでいくのを、青年はひっそり笑みを浮かべて見送った。
なぜなら、そんな時間も、青年はたまらなく好きだったからだ。
(ほのぼの、ベルが悲劇かほのぼのの二択しかないように思えます)
4.搾り取って、滴らせて(肉欲)
あの子は海がすきなのよ。
海というか、水ね。
雨も好きだし、あれでお風呂も好きだし、ああ、でも雪は嫌いね。
昔、凍死しそうになってたから。
とにかく、水にずぶぬれになるのが好きみたい。
まるで、本当の鮫ね。
ある日なんの前触れも無く休暇をとったスクアーロは、ふらりっとどこかへ出かけたと思えば、海の匂いを引き連れて帰ってきた。
ルッスーリアはその海の匂いと髪の荒れ具合でだいたいどこへ行っていたのかあたりをつけると、お土産は?と冗談めかして呟く。
ねえよっといつもどおり呟くスクアーロに、ルッスーリアは安堵した。
海の匂いを引き連れて歩くスクアーロはあまりにも似合いすぎている。
ここが深海でないのが不思議な程、名前の通りスクアーロには海が似合う。
「帰ってきたらボスが顔を見せるように言ってたわ」
「おう」
そう言って海の匂いがする髪を翻す後姿は妙に儚い。
時々、ありえないことだが、ルッスーリアはスクアーロが不意に海に沈んだまま帰ってこなくなるのではないかと思う。
ありえない。
彼は泳ぎは達者であるし、どこに行っても必ず帰ってきた。
幼い頃、溺れた、というよりも沈められたこともあったがその時も帰ってきた。
だから、大丈夫だと、ルッスーリアは言い聞かせる。
それでも、ルッスーリアの自分でも自覚のある狂った嗜好は、彼が海に沈む様を思い描く。
青い海の中、散らばる銀色の髪は美しいだろうと。
(題名が曖昧になりました……)
5.積み上げられた塔の如く(高慢)
傲慢なまでに振るわれた刃はあっさりと相手の体を切り裂いた。
ステップを踏むような軽さで一度身を引いて返り血を避ければその脇を弾丸が通り抜ける。
慌てることなく視線をそちらに向ければ、人影や人の気配は無い。
狙撃手かっと内心で呟いて身を翻す。
長い得物を振り回す為にいた開けた場所だったが、狙撃手が相手ならばただの的。
射程から外れた場所でこういう時、銃があれば便利だと呟いた。
しかし、そんな風にいくら思っても、銃を持とうなどと思ったことはない。
得物は、剣だと決めていた。
例えば切り裂いた肉の感触だとか、噴出す血の色だとか、間近で見る驚愕の表情だとか。
そんなものが好きだった。
そして、そんなものは至近距離の刃でないと味わえない。
それに、何より、自分が強いと一番実感できる得物だからだ。
銃は、剣より強いという理屈から銃を使うものが多い、だからこそ、その銃を持った相手を殺せば強さの証明になる。
さすがに、素手で勝てば、もっと不利な武器で戦えばという考えは出ない。
だから、得物は剣と決めていた。
それを、一度同僚に話したことがある。
(じゃあ、もしもそれで負けたらどうするの)
当然の疑問。
笑う。
「負けた時は、死ぬ時だあ」
口に出して射程に踊り出る。
頬すれすれを銃弾が通り過ぎた。
それでも、走る。
傲慢な刃が相手の体を切り裂くまで。
(戦闘シーンがたまらなく好きなんですが、同時にうまく書けずもどかしいです)
6.赤く焦がれて(嫉妬)
彼がその赤い瞳に映ったことは、最初に会った時から今まで一度もなかった。
それだけ崇拝しても、懸命に身を捧げ、心を砕いても、歯牙にかけられたことすら一度たりともなかった。
だが、それを厭うたことは彼はなかった。
それは当たり前のことで、何一つ不自然なことはない。
彼の中できちんと整理され確信したこと。
それでも、努力はした。
あの赤い瞳に映れるように、映れないならば映れないなりの努力をした。
彼の経験上、努力は決して無駄にならないと知っているからだ。
今もなお、決して赤い瞳に映ることはないが、その努力はお褒めの言葉をいただけるまでに成長した。
感動だった。
恐らく、彼にとってこれ以上の歓喜は存在しないだろう。
しかし、一つだけ、彼の許せないことがあった。
それは、彼の同僚の存在だ。
ただ、何の努力もなく傍にいた。
ただ、そこにいるだけで赤い瞳に映される。
本人が言うには彼よりずっと前からあの赤い瞳を知っていると言う。
許せないと、彼は思った。
実力は認めるものの、それでも、許せなかった。
今日も、そんな許せない同僚はあの赤い瞳に映っている。
傲慢に笑いながら、そして殴られながら。
それでも、赤い瞳に映り続ける。
それを思うだけで、彼は嫉妬で焦げ付いてしまいそうだった。
(レヴィムズー、むずかしすぎです)
7.静かに深く、一瞬の内に理性を奪う(憤怒)
ちらちらと瞼に過ぎる銀色をいつも鬱陶しいと思っていた。
目の前で、長い銀色が揺れるたび、言葉にせずともソレは過去の契約を確認する。
煩わしいと口にすれば、笑って見せた。
「だったら、早く成就させるんだな」
その言葉に、思わず銀を引っつかみ壁に叩きつける。
潰れたような悲鳴と共に、白い壁が赤く染まった。
それを確認するともう一度叩きつける。
短い悲鳴。
銀色の瞳がこちらを睨んで来た。
「てめ、いきなりなにしやっがる!」
「うるせえよ」
そのまま引き寄せる要領で頭突きをくらわしてやれば、一瞬意識を飛ばす。
見開かれた瞳がかすむのを見ながら、今度は床に叩き付けた。
長い銀が床に広がる。
その長さが、いまだ成就せぬ時間の証明。
ひどく苛立った。
だから、その背中を踏みつける。
悲鳴というよりは空気を吐き出す音にくっと笑った。
まだ余裕があるのか、口が開くのを見て、今度はわき腹を蹴りつけた。
もしかしたら、骨が折れたかもしれない。
それでも、構わない。
もう一度強く蹴り、ひっくり返して呟いた。
「俺を苛立たせるな」
(理不尽ボス)
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