穴埋め10題



1.人は(彼の過去)を常識の範囲内で判断するのは難しい。


「酒はガキの飲むもんじゃねえ」

 そう言った彼に、ベルフェゴールことベルは唇を尖らせた。

「俺、王子だもん、ガキじゃない」
「ガキはガキだあ、悔しかったら今すぐ20越えてみやがれ」

 そう、あざ笑うように吐き捨てると、彼は極上だというワインを抱え部屋から出ていった。
 時間を遡ると10分にも満たない前に彼の言葉は「飲みたい気分だ」というもの。
 珍しく機嫌もよく、彼の持っているワインに目をつけたベルは「じゃあ、俺が付き合ってあげるよ」と答えた。
 しかし、その瞬間、彼は苦渋の面を作り最初の言葉を放ったのだ。
 ワインなんてジュースみたいなものじゃないかと愚痴っても、彼は聞く耳持たずいなくなっていた。
 機嫌が一点不機嫌に変わる。
 何が子供だとブツブツ言いながら押しかけたのは同僚のルッスーリアのところだった。
 事情を話すと、ルッスーリアはおかしそうに笑って思い出話をする。

“家光、ルッス、何飲んでるんだ?”
“よう、ボウズ、元気だったか?”
“ガキ扱いすんな!!”
“ワインよ、スペルビも飲む?”
“おう!”
“おい、ルッスーリア、それはガキの飲むもんじゃないぞ”
“ガキ扱いすんなっていってるだろおぉ!!”
“ガキはガキだ、悔しかったら今すぐ20越えてみろ”

「……はあ?」
「昔はね、忙しい9代目の変わりにたまーにボスに会いにあの人がきてたのよ、私も本当にたまーに……というよりも片手で数えられる程だけどお酒を飲んだりしたわ」
「あのさ」
「こっちはお酒なんてよっぽど強くないとジュースみたいなものなのにね、日本は規制がしっかりしてるみたいなのよ
 だから、あの人は本当にスクアーロが20越えるまで一滴だってアルコールを口にさせなかったの」
「もしかして、スクアーロそれをまだ根に持ってる……?」






「勿論」





2.恋とは(空回り)の繰り返しである。


 どごんっと壁を震わせる音と悲鳴。
 それを聞いたスクアーロは顔をしかめておいおいと呟いた。
 それは、自分がいる部屋のすぐ近く、自分の上司の部屋からだと気づいてため息をつく。
 女の鳴き声と共に廊下に顔を出せば女の中では長身の部類に入る長い髪の女がこっちに向かって走ってきていた。
 そして、目が合うと、プライドの為か泣かないよう真っ赤にした目でスクアーロをにらみ付ける。
 スクアーロはなぜ自分が睨まれなければいけないのかという疑問が浮かぶが、口に出すより早く女は走り去っていった。
 ちらりと上司の部屋の方を見やれば、気のせいだろうが不機嫌なオーラが吹き出ているようにすら思える。

「なあ、ルッスーリア」
「どうしたの?」
「なあんでボスは女を殴るんだろうなあ」
「さあ?」
「しかも、殴った女はいつも俺を睨むんだろうなあ」

 ルッスーリアは記憶を巻き戻す。
 ボスが最初に連れ込んだ女は長い髪の娼婦だった。
 次に連れ込んだのはやはり髪の長い目つきの悪い、娼婦ではないが裏の仕事についているだろう女。
 そのまた次は、女性にしては少しハスキーボイスな高慢で高飛車な女、これもまた髪が長かった。
 銀の髪が美しい女を連れ込んだ時もあれば、長身で細身の女を連れ込んだこともあった。
 一番長かったのはあの、銀の瞳の口の悪い女だっただろうか。
 職業や年齢に特別執着はなく、本当にころころ変えたものの、たった2つの共通点をあげるなら、一つはその全員が、髪が長ことで。

「少し鏡を見てごらんなさい?」

 もう一つはどれもこれも、どこか誰かさんに似ているということ。
 ルッスーリアは顔をしかめて思うのだ。








「はあ?俺がケンカ売ってるような顔に見えるのか?」





3.言葉は(無意味)だ


「あー、そろそろ眠いなー」
「寝りゃいいじゃねえか」
「眠いんだけどなー」
「じゃあ、寝ろって」
「すごく眠いなー、眠いなー」
「うっせえなあ、じゃあ寝ろよ!」
「うん、寝るよ、眠いし」
「明日もはええんだろ?」
「だから寝るよ、寝るよ?」
「とっとと自分の部屋帰れ」
「だー、かー、らー、俺、寝るんだって」
「てめえ、何が言いたいんだあ?」
「スクアーロ」
「あ? マーモン、どうした」
「僕、寝るよ」
「そうか」



 スクアーロは赤ん坊を抱き上げてその額にキスをした。



「………………」
「おやすみ」
「おう」
「ねえ、ベル」
「何……」
「スクアーロに気づけっていうのは、難しいと思うよ」
「……」
「何の話だあ?」
「いい、もうバカ鮫には関係ない」





4(ほんの些細な気まぐれ)の一言だけで、(彼)の世界は救われた。


「大丈夫だよ、スペルビ」
「……」
「私は、君も愛している」
「…………」
「そう、私は息子だけじゃなくてね、君にも会いにきたんだよ?」
「ん……」
「だから、スペルビ、顔を見せてくれないかい?」
「お、れ、ルッス達呼んでくる」

 白い少年は態度こそ、そっけないものだったが、その表情は年相応の笑顔を浮かべていた。





5.もしも(勘違いしている)なら、もう一度


「少しだけ、いいかい?」
「はい、ドン・ボンゴレ、いかがしましたか? 私よりも貴方の方が忙しいのでは……」
「息子のことなんだがね」
「はい、あの方のことですね」
「そうなんだがね……最近、その……春を売る女性を……呼んだとか……」

 ルッスーリアと呼ばれた青年は顔をしかめた。
 隠し切れるとは思っていなかったが、こんなに早くバレるとは。
 そう、実は最近、まだ少年とも言える年の、目の前の男の息子が、俗に言う娼婦を連れ込んだ。
 やることといえば一つで、それを経験するにはやはり少し早い。ルッスーリアがその事実に気づいたのは全てが終わった後で、もう手の施しようがなかった。なぜなら、少年は最初の娼婦を放り出し、次の女に手を出していたからだ。
 一応、部下達に口止めをしたものの、どうせバレると思い、覚悟はしているつもりだったが、目の前にすると違う。今、この瞬間殺されるかもしれない恐怖は微かに手を震えさせた。
 顔を真っ青にしてルッスーリアは男を伺った。
 男の顔は曇っている。しかし、怒っているようには見えなかった。

「それで、その、彼女は髪が長いとか……?」

 ルッスーリアは髪の長い少年を思い出した。
 その少年は今はいない。
 今は、あの少年に似合わない学校へ行ったまま一度も帰ってはこない。風の噂ではなにやらこれまた似合わず意気消沈したようにおとなしく優等生をしているという。
 そう、ルッスーリアは知っていた。
 娼婦が連れ込まれたのは、あの少年が学校などに行ってしまってから1ヶ月も経っていない頃。
 まさか、っと何度も思ったが、ルッスーリアは知ってしまった。その娼婦の顔も、性格も、髪の色も瞳の色も、同じところなどまったくないとも言える。しかし、その娼婦の身長といい、女性にしては多少細身な体といい、長い髪といい、後ろ姿だけはあの少年にそっくりなのだ。
 つまり、娼婦は少年の面影の為に部屋につれこまれたのだ。
 連れ込んだ時点ではたぶん、連れ込んだ方にその気はなかっただろう。
 なんと言っても。まだ早すぎる子供だ。
 ただ、相手の商売が商売だった。たぶん、そこは成り行きだろう。 

「はっはい……」
「いや、そう固まらないでくれ、いいんだ。君を責めるつもりはない」

 その温厚そうな笑顔に、ルッスーリアは胸をなでおろすが、これから何か言われるかを思うと、緊張は一向にほぐれない。

「思えば、私も悪かった」

 ルッスーリアは相槌を打たない。

「あの子も、寂しかったんだろう」

 ただ、聞いていた。
 喋ると、何かヘタなことを口走ってしまいそうだったからだ。

「あの子も母が死んで、私もろくに構えなかったから、面影を追いかけることはしかたないことだ、そう」

 少し、男の目に思い出すような悲しげな色が浮かんだ。
 ルッスーリアは、完全に安堵した。





「母親の面影を追いかけることは……」





 ルッスーリアは思い出す。
 たおやかな、美しい女性を。
 黒く長い髪と、赤い瞳を持つ女性。
 彼女は、笑って、赤子を抱いている。
 それは、男の息子。
 そして、女性は今は亡き、男の妻。
 あの娼婦に似ているとこじつければ似ているだろう。

「ええ、そうですね」

 ルッスーリアは人生で3本指に入る程のよい笑顔を浮かべた。





6.だから、奇跡を(少しだけ信じた)


 スペルビは奇跡など起こらないと少し前まで思っていた。
 あの、冷たい石畳に顔をくっつけている時、神も奇跡も幸福も、名前を知らない全部が全部ないものと考えていた。
 なぜなら、そこには本当になかったのだ。
 スペルビの全ては、その時、何も存在していなかった。
 スペルビの全ては、その名前がついた時手に入れたのだから。
 だから少し前までのスペルビは信じなかった。
 知らなかったという方が正しいのだが、信じていなかった。
 今も、神はあまり信じていなかったが、奇跡だけは少しだけ信じていた。
 なぜなら、スペルビは、その名前になる前に、あの、男の手をした奇跡を確かに掴んだのだから。

「ドン・ボンゴレ」 

 奇跡は呼びかけに笑って振り返った。





7.傷を負うのは(俺の仕事)だから


 起きたら、ルッスが泣いていた。
 そんでもって、めちゃくちゃ説教された。
 俺は半分くらい聞き流して、あのガキは無事かと聞くと

「貴方よりは誰だって無事よ!!」

 っと怒鳴られた。
 なんとなく気まずかったので視線を動かせば隅であのガキが俺を睨んでいた。
 俺は、悔しいかっと笑ってみせた。
 今まで格下で、弱い、ただサンドバックのような存在に、庇われたのだから。
 背は俺の方が高いが、力だってなんだって強い相手を、庇ってやった。
 腹に風穴が開いてしまったが、そう思うと愉快でたまらない。
 横でルッスがまた怒鳴った。
 俺が適当に謝っていると、ガキは俺の方にやってきて、何をするかと思えば拳を握った。
 ルッスの静止の声。
 俺は、それより早く、この拳がくるだろうと思った。
 そして、拳はきた。
 しかし、それは思ったよりも強く顎に当たって俺の視界がぐらんっとする。
 ルッスの悲鳴。
 ガキは怒りに満ちた声で俺を罵った。

「なんで、庇った」






 それが俺の仕事だから。
「あの人が、悲しむから」






 たぶん、俺は笑っていただろう。
 なんで、だろうかというと、一瞬後、脳震盪で気絶したからだ。
 起きたらガキは消えていたが、ルッスの説教がやり直しだった。





8.(涙)の定義は、


 うるせえ、泣いてねえと彼は叫んだ。
 しかし、彼の双眸から流れるのはあらかさまに涙で、泣いているようにしか見えなかった。
 雨だ雨だ雨だ。
 雨のように長くまっすぐな銀色の髪を揺らして叫ぶ。
 冷たい石の前で、持ってきたワインを振りまいて。
 ああ、雨だと彼は涙も振りまいた。
 血も涙もないと思っていたが、血も涙もあったのかっとぼんやり思うことしかできなかった。
 そして、同時に泣いてくれる人がいるならば、ならば、死んでもいいと思った。






9.死ぬなら、もう一度(会いたい人がいるのだから、死ねない)。


 血が流れすぎて、思考がうまくできない。
 ただ、誰かの顔が浮かんだ気がして立ち上がった。
 さっき浮かんだ顔は誰だかわからない。
 むしろ、一瞬自分が誰だかもわからなくなってきた。
 くらくらする。
 それでも立った。
 自分を確認する為に背中に手を伸ばしてみたら空を切った。
 そうだ、ずっと前に髪は切ったのだ。
 今思えば、馬鹿なことをしたと思う。
 勘違いで切ってしまったのだから。
 ふらり、ふらり。
 頭に浮かぶ顔の焦点が合わない。
 走馬灯とは違う。
 ただ、会いたいと思った。
 目から血以外の液体が流れる。






 ああ、どうしてあえないのだろうか。






10.最後まで、(歌う)が出来たのは、結局(彼)だけだった。


 子守唄だと彼は言った。
 誰に歌ってもらったの?と青年は聞いた。
 知らないと彼は答えた。
 キレイな歌ね、と青年は笑う。
 この歌、知ってるか?と彼は聞いた。
 知らないわっと青年は首を振る。
 ふうんっと彼は適当な相槌を打つ。
 もっと聞きたいわっと青年は頼んだ。
 彼は、何も言わず歌う。
 子守唄というにふさわしい穏やかな音程。
 青年はそれを聞きながら、扉の向こうにいる筈の赤い瞳の少年を思う。
 せめて、入ってきてから頼むのだったと。





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