いきなりやってきたスクアーロが、俺はともかくマーモンは寝るべきだと意味はわかるけど似合わない言葉を吐いた。
時計を見れば12時を回ってマーモンくらいの子供であれば寝ている時間だった。
小さい頃あの城の中で召使達ももっと前の時間に俺と兄を寝かしつけたものだ。
俺は当然マーモンは寝ないものだと思っていた。
俺とのチェスの途中だったし、スクアーロに言われて寝る奴なんていないと思っていたからだ。
しかし、マーモンは特別眠たくなさそうでしぶっていたが、スクアーロが寝ろっともう一度言うと素直に椅子から飛び降りた。
そして、自分を寝かすのだから変わりにとでも言うように抱き上げるように要求する。
スクアーロはしぶしぶ抱き上げると指でマーモンの目深にかぶっているフードを抓んで少し持ち上げた。
俺の位置からは見えないがスクアーロにはマーモンの顔が見えているだろう。
なにをするのかと見ていれば、信じられないことにスクアーロが、あのスクアーロがマーモンの額に口付けたのだ。
マーモンは慌てず騒がずフードを目深にかぶりなおして俺に「おやすみ、ベル」とこともなげに言う。
俺は信じられない光景に凝視してしまった。
だって、あのスクアーロが。
あのスクアーロがだ!!
マーモンはいい。
いくら年不相応に大人びていても子供なのだから。
額にキスされて眠ることだっておかしくない。
しかし、問題はスクアーロだ。
何度も言ってしまうが、あのスクアーロがだ。
まるで普通、いや、異常に仲のいい家庭の母親のように額にキスした。
なんの悪いジョークだろうか。
思い出してみれば、俺も寝る前に母に額にキスされたことがある。
よく眠れるおまじないだとその行為自体は嫌いではなかったがくすぐったいと思っていた。
そう、それは母親と分類される、性別が女の人間に似合う行為。
なのに、あの、スクアーロがだ。
似合わないにも程がある。外見からだって性格からだって想像すらできない。
せめて、100歩譲ってルッスーリアならまだしもだ。
おとなしく受け入れるマーモンもマーモンだとすら思えてくる。
気持ち悪いだろう! あのスクアーロなんかの唇に触れられて!!
それなのにマーモンは顔色は伺えないが何一つ文句も言わず当然のように!!
俺は何か言おうと思ったけど、何も言えず手の中で遊んでいたポーンを放り投げた。
後でマーモンに怒られるだろうが知ったことじゃない!
とにかくむかついて俺はその辺に脱ぎ捨てたコートを拾い上げた。
今の気持ちを抑えるには血を見たい。
ナイフを取り出して数を数える。
今日は寝れそうにない。
明け方、血まみれでふらふらしてる俺と、仕事前だろうスクアーロはばったりであってしまった。
さっきまで最高潮にご機嫌だった気分が一気に下降を辿る。
なんでわざわざスクアーロと顔を合わせてしまったんだろう。
今日(昨日も?)は運が悪い日に違いない!
「う゛お゛ぉい、てめぇ、もしかして昨日からずっと起きてやがったのかぁ?」
俺は無視してスクアーロの横を通り過ぎようとしたのに声をかけてきた。
苛立っていたので更に無視してやると腕を捕まれる。
「なぁに不機嫌にだってんだぁ」
スクアーロのくせに馴れ馴れしい。
俺が腕を振り払うとスクアーロはため息をついた。
俺は王子なのにまるで見下したような顔をしやがった。
最高潮にむかついたナイフを放り投げてやると簡単に打ち落とされた。
最も、当てる気じゃなかったんだがむかつきが治まらない。
いっそ、殺してやりたい!
もう一度ナイフを投げてやろうとした瞬間、スクアーロは大またでこっちに近づいて俺の前髪をかきあげやがった。
くそっ! 王子に触るな!!
抵抗するほんのわずかな時間スクアーロは俺の顔を見ると、なんでもない仕草でマーモンと同じようにキスしやがった! 勿論、額にだ。
訳がわからなくて呆然とする俺にスクアーロはやっぱり何でもないと言った顔でいいやがった。
「隈ができてるじゃねぇか、ガキは早く寝ろぉ」
ガキ、ガキだって!
じゃあお前はいくつなんだと聞いてやりたかったが、スクアーロはすぐさま背を向けてぽつりと呟いた。
「年なんて、しらねーよ」
知らない?
いくらスクアーロが馬鹿でも自分の年くらい忘れないだろう。
それなのに知らないなんてどういうことなのか。
そういえば、スクアーロはよく俺を年下扱いするけれど本当の年なんか聞いたこともない。
実は俺より年下だったら笑える。
スクアーロがああいうからにはスクアーロに聞いたところで無理だろう、マーモンかルッスーリアなら知ってるかな?
そう思いながら俺は苛立ちが治まっていることに気づかずシャワーを浴びてベットにダイブした。
朝起きてたまたま見つけたルッスーリアにさりげなく年の話を振ってみた。
ルッスーリアは女性に年を聞くものではないと冗談半分にいいながら笑う。
ゴーラはよくわからないけれどヴァリアーの幹部では最年長のルッスーリアはよく年の話を濁す。
俺もそこまで深く知りたくないから追求はしない。
「スクアーロってさ、」
「スクアーロ……?」
「いくつなの? 俺のことガキガキ言うけどそう年変わらないでしょ?」
「スクアーロに年を聞いたの?」
ルッスーリアの顔が少し曇る。
その珍しい変化に俺は首を傾げた。
「聞いても、無駄よ。スクアーロは本当に自分の年齢も知らないんだから」
ルッスーリアはそう、抑揚なく言った。
捨て子? と俺が聞くとそうよっと答える。
「スクアーロは、親も自分がどこで生まれたのかもしらないの。調べたらわかるでしょうけど、調べる気はあの子にはないみたいなの」
適当に相槌を打ちながら俺は不思議に思った。
スクアーロは、母親から受ける額のキスのくすぐったさを知らないのか。
なら、なんで寝る前の子供にキスをするなんてことを知っるのかという謎に行き着いた。
しかも、あんなに違和感なくあっさりと。
考えながら会話をしていると、なぜか話題がスクアーロの思い出話へと変わっていった。
今のスクアーロとは結びつかないような思い出話の中で、ルッスーリアがかなり大きくなるまで寝る前に額にキスをしていたようだ。
つまり、その習慣が今でも根付いているということなのだろう。
今はもうさすがにしていないと聞く中で、俺はされたと言おうか言うまいか悩んだ。
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