発展

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 基本的に白い少年はいくら殴られようが蹴られようが赤い瞳の少年に文句を言うだけで反撃をすることはなかった。
 それは白い少年が弱く、赤い瞳の少年がただひたすら強かったというのが最初の理由。
 しかし、白い少年は時間を追うごとに強くなり、見た目だけならばそれほど赤い瞳の少年に勝っても一切の反撃を加えることなどなかった。
 赤い瞳の少年の気まぐれな(だいたいが理由のある)暴力が振るわれる時、ただ白い少年は身を丸め、嵐が過ぎ去るのを待つように受けいれる。
 そのまま、赤い瞳の少年が飽きるまで受けつづけたかと思うと、最初は寝転んだままの姿勢で、そして今はむくりと起き上がって折れることのない眼差しで睨み付け文句を口にするのだ。
 その文句が赤い瞳の少年の怒りに触れた時はまだ暴力を振るわれることになるのだが、一度として白い少年はそれを臆したことがない。
 赤い瞳の少年はそんな相手に会ったのは初めてだったせいか、それを当然と思っていた。
 むしろ、白い少年をそういう生き物だと認識していたのかもしれない。
 その日も、学習すればいいというのに白い少年は口を滑らせ顔が腫れるまで殴られた。
 しかし、やはりいつもと同じように起き上がり、睨み付けて文句を言って起き上がる。
 そして、特別痛そうでもない顔で家庭教師のくる時間だと告げた。
 赤い瞳の少年はそういうところは学習するのかとなぜか感心しながらついてくるように促す。
 白い少年も言われるまでもないと立ち上がった瞬間、目を見開いた。
 それは、あまりにも突然の行為。
 赤い瞳の少年がドアを開くよりも早く駆け出し、廊下を走る。
 白い髪をなびかせながら驚いた赤い瞳の少年が声をかける間もなく長い廊下の角を曲がっていく。
 本来ならば赤い瞳の少年について家庭教師の通される部屋まで不機嫌そうについてくる筈だった。
 しかし、今や赤い瞳の少年はおいてけぼりでそこに立ち尽くしてしまう。
 こういう時どうすればいいかわからず、なぜかしかたなく白い少年を追いかけた。
 どこへ行ったかはわからない。
 ただ、適当に歩いてみれば玄関へと辿り着く。

「ボス!!」

 聞いたこともない声だった。
 一瞬、誰が出したものかわからないほど。
 ただ、無邪気に発された声は、一人に一心に向けられる。

「ボス!!」

 半ば飛び込むように白い少年は玄関に立つ男に抱きついた。
 男はそれをよろけながら受け止める。
 いつも不機嫌な顔しか見せない白い少年は笑った。
 満面の笑み。
 それは本当に子供のようで、全身で感情を表していた。
 ただ、好きだと、嬉しいと告げる為だけの表情。
 赤い瞳の少年は、それを今まで一度として見ることはなかった。
 見たいと思ったこともなかった。
 白い瞳の少年が、そんな表情をできることすら知らなかった。
 いつも不機嫌なのが当たり前の、そんな生き物だとすら思っていたのだから。
 知らない感情がどろりと赤い瞳の少年の胸に渦巻いた。
 今まで一度たりとも感じたことのない感情。
 それに似たものを過去に得たことはあるが、何かが違う。

「ボス! ボス!」

 何度もそう呼びながら白い少年は猫のように顔をすりつける。
 ふっと、気づいた男が白い少年の顔について聞くと、必死に困ったようにごまかす。
 なんでもないと。気にすることではないと。心配は何もないと。
 まるで取り繕うようだった。
 一度も文句は言えど言い訳をしたことのない口から誤魔化しの言葉が紡がれる。
 赤い瞳の少年は、その感情をはっきりと不快だと認識した。



 ばきり。


 音に、男と白い少年が振り返る。
 気づけば、赤い瞳の少年はいつのまにか握っていた手すりを破壊していた。

「久しぶりだね、愛しい息子」

 男はそう言って笑った。
 悪意の一切ない、相手に好意を告げる笑顔を向けて腕を広げて見せる。
 飛び込んでくると思ったのだろう。
 しかし、赤い瞳の少年は動かない。
 今日もだめかと腕を下げる男を見て白い少年は眉根を寄せた。
 その表情こそ、いつも赤い瞳の少年に見せる顔。
 赤い瞳の少年は手の中の手すりの一部を更に細かくした。
 男は赤い瞳の少年に会いにきたと言う。
 家庭教師は今日は帰したから今日は一日過ごそうと。
 白い瞳の少年は、「男は赤い瞳の少年に会いにきた」と言った瞬間は不機嫌な顔をしたが、嬉しそうだった。
 その日、赤い瞳の少年の眉根に刻まれたしわが濃くなったことは、男しか気づかなかった。

「なーんで今日はいつもより不機嫌なんだよぉ」

 と、思ったが、白い少年も気づいていたらしく、そう言った。
 赤い瞳の少年は何も言わなかった。
 ただ、拳を振るう。
 そこは、手当てはされたものの腫れ上がった場所で、心の準備ができてなかったのだろう、思わず白い少年は声をあげた。
 そのまま壁に激突し、ぎろりと睨んだ瞬間蹴りが胸を圧迫する。
 間髪いれずまた拳が飛んでくるが、さすがに慣れたものでしっかりと比較的痛くない部分で受け止めた。
 それからはいつも通りとでも言わんばかりに白い少年は身を縮める。
 しかし、その日はいつもと違うことが一つだけあった。


「          」
 ばきっ 


 赤い瞳の少年は、一瞬、それが現実かと疑った。
 頬が、じわりと痛む。
 見れば、白い少年がいつもと同じ、いや、それ以上の眼光で睨んでいる。
 その手が、いつもならば頭を庇う手が赤い瞳の少年の頬を殴っていた。
 初めての、反撃だった。
 だが、白い瞳の少年は一切の喜びも後悔もない表情でただただ烈火のごとく怒っていた。
 痛くはそれほどない。
 ただ、驚きの方が強かった。 
 動きの止まった赤い瞳の少年に向け、噛み付くように白い少年は叫んだ。

「あの人の悪口だきゃ、許さねぇ……」

 敵意を超えた、殺意。
 ぎらぎらと今にも喉笛を噛み千切りそうに。
 赤い瞳の少年は、驚きが覚める前に殴っていた。
 ほとんど、マウンドポジションのように。
 白い少年は抵抗しなかった。
 ただし、その殺意は萎えることがない。
 しばらく、殴り疲れた赤い瞳の少年は何も言わなかった。
 白い少年は何も言わなかったといよりも何も言えなくなっていた。
 それでも、瞳だけはぎらぎらと。
 赤い瞳の少年はそのまま目をそらすと部屋を出た。
 倒れたままの白い少年はそれでも睨み付ける。
 





 それからどうなったかというと。






 どうにもならなかった。
 赤い瞳の少年が自室に辿りついた時、たまたまとおりがかった男が気絶している白い少年を手当てをした。
 いつもよりもその酷いありさまに驚かれたが、白い少年はまったくかまわない。
 次の日、当たり前のように白い少年は赤い瞳の少年の傍に存在していた。
 そして、赤い瞳の少年もまた、それを許してしまった。
 もしも赤い瞳の少年がもう少し大人であれば何か言ったかもしれない。
 あるいは、もう二度と白い少年を近くにおかなかったかもしれない。
 だが、赤い瞳の少年はあくまで子供で、対応に困ってしまったのだ。
 困って、そのまま放置することが許しだと思わず放置してしまった。
 白い少年は何も言わなかった。
 いつもどおり、不機嫌そうに傍にいた。 



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