逆らえない人



 スクアーロがこの世で逆らえない人間は2人いる。
 一人は自分を拾った9代目ドン・ボンゴレで、もう一人は滅多に帰らないスクアーロの寝床にしているアパルメントの管理人だった。
 このアパルメントの管理人、噂によれば元マフィアで、裏では相当有名だったらしい。
 しかし、いきなり何を思ってかあっさり何の問題もなくマフィアを抜け、今も堂々とこのアパルメントの一室を少し脛に傷を持つような人間に貸している。
 そんな経歴と、脛に傷を持つような人間が集まっているにも関わらず、アパルメントはいつも清潔で血の匂いも火薬の匂いもしなかった。
 理由はとても簡単なこと。
 たいがいが管理人のその過去の威光と、現在アパルメントに住んでいる人間、そして、昔住んでいた――今は出世しお偉いさんとなった相手を恐れているからだ。
 そこでは誰もが銃はおろかナイフだってちらっとも見せない。
 見せればあっという間に少なくとも両手では足りないマフィアや裏商売の人間を敵に回すことになる。
 それはイコールどれだけ社会的地位があろうが後ろ盾があろうが最低でもイタリアでは生きていけなくなることだ。
 だが、最も怖いのはアパルメントの管理人だった。
 何が怖いと問われれば皆、一様に口を閉じる。
 どれだけ偉くなろうとも、どれだけ性格が悪かろうとも、傍若無人だろうとも、誰もこのアパルメントでは管理人に逆らわない。
 それを最も肌で感じている住人は特にゴミすら溜めない為、アパルメントはイタリアでも屈指の清潔な場所だった。
 そんなアパルメントをスクアーロは何ヶ月ぶりかに向かって歩いていた。

「Stai zitto!」 

 怒号。
 低く、ドスの聞いた、しかし滑らかな発音。
 その声を聞くたびにスクアーロは自分が怒られている訳でもないのにげんなりした。
 いや、スクアーロだけではない。
 このアパルメントに住むものであれば誰だってその声にはげんなりしてしまう。
 目の前の角を曲がればアパルメントだというのに、怒号を聞いてしまうとスクアーロは思わず立ち止まってしまった。  


「まっ……待ってくれよ……!」

 情けない声。

「待てだと!! よくそんなことが言えるなこのケツの青いガキが!!
 俺の鼻を誤魔化せるとと思ったのか!? 腐った匂いをぷんぷんさせやがって!! 俺はな、ぐじぐじした男の次に薬が嫌いなんだ!!
 いいか、お前の選ぶ道は2つ、とっとと薬から足を洗うかここを出て行くかだ!!
 ただし、ここから出ていって生きていけると思うなよ!!」

 言いつくろうようなぐずぐずした言葉に、怒号の主は口早にまくしたてた。
 薬。
 その言葉にぴくりとスクアーロは反応する。
 もしも、その単語が裏の社会でいう危ない薬であれば、スクアーロはそれを見逃す訳にはいかないからだ。
 なぜならスクアーロの所属する組織はおろか、このアパルメント及び周囲一帯は危ない薬は本来ご法度。
 少しでも裏に関係ある人間ならば所持しているだけで恐ろしいことになる。

「いいか、よく考えろ。お前もこのアパルメントに住む奴も、組織じゃどうか知らないか俺にとっちゃあ社会の屑の中の屑で、面倒のかかるガキだ。
 それでも守らなくちゃいけないルールはある。譲れない一線もある筈だろうが。少なくとも俺はルールが守る限り世話もしてやるし部屋もかしてやる。
 だがな、ルールも守れねえ屑の屑以下を世話してやる義理も何もねえんだよ!!
 むしろ、こんな奴に部屋を貸した俺の名が汚れちまう!! よし、殺してやるから大人しく目をつぶれ!!」
「ひぃ!! 許してくれ!!」
「ここが血に汚れるのは心苦しいが俺の不始末だ。しかたねえ」

 金属音を聞いて思わず俺は角を曲がった。
 そこには命乞いする男と、久しぶりなのに見慣れた管理人が大経口の銃を持って立っていた。

「う゛お゛おい、それくらいにしとけぇ」
「あっなんだ洟垂れ、とめるな」

 男はスクアーロの言葉に活路を見出したのだろう目を見開いて表情を明るくした。
 しかし、男はその顔と自分を見る視線にすぐさまその色を暗くする。
 簡単なことで、スクアーロの顔は人を助けるようなそんな顔には見えなかったからだ。
 勿論、スクアーロには助ける気などない。

「あんたの為を言ってるんだよ。そんな野郎殺したってあんたの手と名が穢れるだけだろうがぁ」
「はっどうせ今俺がやめたところで、お前に別のところで殺されるか、ボンゴレに突き出されるのがオチだろうが。
 それならいっそ俺が殺してやる方が親心ってもんだろうが!!」 
「いつからてめぇが親になったんだよ」
「店子は子も同然って日本じゃ言うんだよ」
「う゛おおい……そりゃ俺が日本語苦手だって知ってていってんのか?」
「たまに帰ってきたと思えばぐだぐだと!! てめえの部屋の掃除はもうしてやらねえからな!!」

 そんな口喧嘩をしながらも、スクアーロも管理人にも隙がない。
 ある一定の脅すような緊張感と殺気を男に時折向けては逃がさないようにしている。
 男は、そんな2人の間に挟まれ涙すら目に浮かべ出す。
 男の目の前の選択はほぼ管理人に殺されるか、それともスクアーロに捕まるだけだった。
 どちらも、先は地獄だと少し考えれば誰でもわかる。

「とにかく! そいつをこっちによこせ!!」
「俺の店子がほしけりゃ、ドン・ボンゴレの書状でももってきやがれ!!」

 そう、管理人がまくしたてた瞬間、男は逃げ出した。
 ほとんど、死を覚悟したような顔だった。
 スクアーロが懐の銃に手をかけた瞬間、その頭に硬い物があたる。

「う゛おおい……」
「あいつは、俺がかたをつける」

 管理人の目は真剣だった。
 今、銃を抜けば確実にスクアーロの頭には風穴が開くだろう。
 
「頼む、スペルビ……」

 真摯な言葉。
 スクアーロは手を下ろした。
 スクアーロには、この世で逆らえない人間は2人いる。
 一人は自分を拾った9代目ドン・ボンゴレ。
 もう一人は滅多に帰らないスクアーロの寝床にしているアパルメントの管理人だった。

「けっ」

 一言吐き捨てるとスクアーロは懐ではなくズボンのポケットを漁った。
 管理人が首を傾げると同時、ずいっと薄っぺらな封筒が差し出された。
 何の装飾もない、白い封筒。
 管理人は銃を下ろしてそれを受け取った。
 中身は何か硬いカードのような物が入っている。
 管理人は首をかしげてスクアーロを見た。










「Buon compleanno」









 管理人は、驚いた顔をした。
 スクアーロの顔が、気まずそうに歪む。

「俺の部屋は、掃除するんじゃねえ」

 管理人は、それを胸に抱いて、これ以上ない程の笑顔を見せた。

「よくできました」


※「Stai zitto」=黙っていなさい
「Buon compleanno」=誕生日おめでとう


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