「スペルビ、君の髪は本当にきれいだね」
たぶん、相手は覚えていないだろう些細な台詞。
それは、少年の胸に深く突き刺さり脳髄を抉った。
どうしようもなく顔に熱が集まり、心臓が跳ねる。
少年は口をがっと開いて背中を向け、走った。
とにかく走った。
戸惑う相手を後ろに残して走り回った。
自分でもなぜ走っているかはわかっていない。
ただ、その感情の名前を知らず少年は一声咆えて硬い床に顔から倒れこんだ。
がつんっと額を強打したにもかかわらず足をばたつかせ少年は顔をしかめた。
痛みの為ではない、どうしようもない感情を外へと逃がす為だった。
どれだけそうしていただろうか。
少年はいきなりがばっと起き上がり、そして、うつむいてとぼとぼとした足取りで着た道を引き返す。
その顔はひどく怯えているように見えた。
「あら、スペルビじゃない」
ひょこっと、一瞬女性とみごまうかのような容姿と言動の青年が角を曲がった瞬間現れた。
青年は珍しく俯いている少年に近づくとその顔を覗き込む。
「どうしたの?」
青年の顔に安心したのだろう、少年は顔を少しだけ歪め、小さな声で呟いた。
「おれ、きらわれた?」
自分で口に出して傷ついたのだろう。
少年の顔がまた少し歪んだ。
青年はそれを泣く前の顔だと知り、少年に視線を合わせる為にかがんだ。
そして、目を見てゆっくりと優しく聞く。
「誰に?」
「ぼす」
「ドン・ボンゴレに?」
「うん」
青年が不思議そうな顔をした。
なぜなら、青年の知る相手は人を嫌うだとか憎むだとかと遠いところにいる存在だったからだ。
何か注意されたのだろうか?
青年がそう思いながら理由を促す。
「なんで嫌われたと思ったの?」
「かみ、きれいだねっていってくれたのに」
「言ってくれたのに?」
「にげたから」
よくわからなくなって逃げてしまったと。
褒めてくれたのにお礼もなく。
嫌われたと涙を目にためそうになる少年は青年は抱き上げた。
「大丈夫よ、ドン・ボンゴレはそれくらいじゃ貴方を嫌ったりしないわ」
「ほんとう?」
「ええ、それよりも、貴方が悪いと思ったなら謝りにいきましょ?」
「………うん」
少年は、必死に表情を直すと青年にしがみつく。
青年はそれをほほえましく思いながら歩き出した。
「と、いうようなこともあって、スクアーロは髪を伸ばしているのよ」
「えー、まじでー?」
「想像つかないね」
「そうよ、あの頃のスクアーロは本当にかわいくてね。嬉しいとか恥ずかしいとかそういう感情をちゃんと知らなかったの」
「うしし、あのスクアーロがかわいいー?」
「まったく想像つかないね」
「そうよ、私にもなついてくれてね。ルッス、ルッス、大好きって……時間は残酷だわぁ……」
「おいこらぁ!! なぁに俺の過去を作ってんだあ!!」
「あら、スクアーロ、いたの?」
「さっき帰ってきたんだよお!! 首を出せ!!」
「じゃあ、スクアーロが帰ってきたところで次はレヴィとスクアーロの最初の因縁の話を……」
「う゛お゛おい!! ぶっ殺す!!」
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