スクアーロは、普段悪い目つきを更に悪くしてカタログを睨んだ。
そこに並ぶ商品を見ながらよさそうなページの端を折り、ページをめくる。
良さそうな商品がなければさっさとページを飛ばし、時折、はあっとため息をついてはカタログを放棄しそうになるところを抑えた。
なんでこんなことをしているのか、根本的な問題を考え始める。
そう、誕生日。
誕生日だとスクアーロは繰り返す。
拾われた子であるスクアーロには存在しない日。
でも、スクアーロの親しい同僚には当然のごとくあるのだ。
そして、スクアーロはその日を祝いたいとまるで普通の人間のように思った。
だから、祝う。
そう決めたのはスクアーロ自身であり、いまさら投げ出すことは許さない。
だが、なぜか今回はうまく決まらなかった。
絶対に喜ばせてやると、満足させてやるそんな気持ちが頭をもたげ中々決まらない。
いっそ、適当に選んでやろうかとも思ったが、恐らく適当に選べばあの聡い同僚はすぐさま適当に選んだことを見抜いて文句を言うだろう。
ありありと想像できる光景に、スクアーロはとうとう諦めた。
プレゼントをあげることを、ではない。
自分で選ぶことを諦めたのだ。
つまり。
「ルッスーリア、なんかよ、今欲しいものあるかあ?」
直接聞いてみた。
「欲しい物……?」
「なんかあんだろ……その、ほらよ……」
「あら、なにかくれるの?」
「別に……」
「そうね……ふふ、色々あるわ」
楽しそうに笑うルッスーリアは
「そうね、今欲しいものと言ったら、写真かしら」
そう、ぽつりっと、まるで雫が零れるようにルッスーリアは呟いた。
「写真……? カメラかあ?」
「なんでそうなるのよ。写真よ、写真」
「自分でとりゃいいだろ?」
「もう、違うわよ。貴方とか、ボスとか、ベルとか、皆が写った写真よ」
「はあ!?」
「学校の集合写真みたいなのがいいわ。楽しそうじゃない?」
「写真って……」
「勿論、私だってヴァリアーが個人情報を残すなんて、特に写真なんてもっての外なのはわかってるわ」
でも。
と、ルッスーリアは微笑んで見せた。
その微笑に、思わずスクアーロは言葉を詰まらせる。
「それでも、私たち明日死ぬかもしれない身よ? 何一つ思い出を残せずいなくなるなんて、寂しいわ」
「……」
「写真があれば、誰かが死んでも写真を見れば思い出せるわ。こんなこともあったって、ほら、貴方がボスが寝てる間写真見てたみたいに」
「う゛お゛おぉい! 見てねえよ!!」
「あら、そうだったの?」
「見るどころか持ってもねえよ!!」
「あら、意外」
「意外でもなんでもねえ!!」
怒鳴るスクアーロに、ルッスーリアは声を漏らして笑うと、少しだけ、真剣な顔で呟いた。
「……それに、私が死んでも写真があれば覚えててくれるでしょ?」
「んなの……」
「ふふ、それとも、一緒に焼いてもらおうかしら?
そしたら、地獄まで持っていけそうだもの」
ふふっと、声を出して笑う。
「縁起でもねえ」
「そうね。まあ、皆の写真なんて、無理でしょうけど」
いつもの笑顔のルッスーリアはそこで話を変えるように
「で、どうして聞いたの?」
と聞き返す。
スクアーロは適当に言葉を濁したものの、そのルッスーリアの楽しそうな顔から目的はバレているだろう。
拗ねたようなスクアーロは何も言わず背を向けた。
どかどかと足音を立てて廊下を走るスクアーロはある目的の為にある部屋を目指す。
その行き先だけは、ルッスーリアにはわかっていなかった。
「寝言は寝てから言え、カス」
「なんで王子が」
「特別にSランク任務5回分でいいよ」
「ボスが言うなら……」
「キュンキュン」
「さて、人に頼む時には頼む態度があるんじゃないかい?」
カメラを構えたゴーラのレンズに写るのは、6人の男たち。
その中には男というには若すぎる青年や、幼すぎる赤ん坊もいた。しかし、そんな2人よりも目を引くのは、にこにことご機嫌を絵にかいたような長身の男と、不機嫌をまったく隠さない男だった。男は、顔十二包帯を巻き、それでも巻ききれていないところから痣や傷が痛々しく覗いている。
それを診て、ティアラで髪を飾った青年は笑い、男の不機嫌を加速させた。
今にも殴りかかりそうな表情だが、カメラのレンズが6人を写しているせいだろう、動かない。
調子にのった青年の悪口にさすがに切れかけたが、嬉しそうな男の顔を見て理性が総動員される。
ぐっと抑えたのがつまらないのか、今度は赤ん坊にちょっかいをかけるが、一言でとめられた。
「セット終わったみたいだよ」
ゴーラはカメラのセルフタイマーを押すと、その重い体でゆっくりと6人の一番後ろに並ぶ。
笑っているものよりも不機嫌な顔、あるいは無表情が多い7人の写真は音と共に撮られた。
シャッターが切られる音と共に、一番嬉しそうに笑っている男に、祝福の言葉が贈られる。
サングラスの下でわからない瞳が小さく輝いたように見えた。
それが、光の反射なのか、それとも涙なのかはわからない。
ただ、嬉しそうに、嬉しそうに渾身の想いをこめて呟いた。
「最高の誕生日だわ」
スクアーロは、それを聞いて不機嫌そうな顔をゆるませて、微かに笑った。
その表情はまるで、「これが見たかった」とでも言っているようだった。
ドラッグすると、一人多いかもしれない。
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