額に降りた唇が、ゆっくりと離れていく。
ほとんど一瞬の柔らかさは、温もりまではつたえなかった。
さらさらと肩から顔へと落ちていく白い髪は肌を滑る。
白い瞳が細まり、薄い唇が言葉を紡いだ。
「おやすみ、御曹司」
間近で見たどこか穏やかな顔は、初めて見たものだった。
細められた目元は不機嫌なものではなく、優しい。
子供に接するような指先は、頬を撫でた。
「いい夢みろよお」
考えるよりも先に。
体が動く。
その白い髪を掴み、引き寄せる。
痛みと驚きに見開かれた目。
同時に、手が動く。
ぐっと握った拳。
同時に、突き出した。
白い肌に拳が突き刺さる。
歪んだ顔。
「何しやがる」
痛みからさっきまでの名残を全て消し去った表情でそれはこっちのセリフだと叫んだ。
なんとなくその表情が妙にむかついたのでもう一度殴ってやれば白い肌に赤い血がにじむ。
つりあがった瞳はきつすぎるほど剣呑な光で見ていた。
「てめええ!!」
「何しやがる」
と繰り返せば、はあっと間抜け顔。
「寝る前の挨拶にきまってんだろ?」
まるで、当然かのように。
あっさりと、きっぱりと。
不思議なことなど一つもないというような反応だった。
「……どこで覚えた」
「はあ? んなの、ルッスーリアに決まってるだろ?」
「……」
お前はしてもらったことないのか?
非常識に聞いてくる。
普通、寝る前にキスするなど、母親が子供にやるものか、あるいは強大化恋人の戯れの行為のはず。
それを、まるで兄弟のように親しいものの、血も繋がらない相手にされているというのにまったく問題にしていない。
どころか、簡単に受け入れ、常識とさえ錯覚している。
訳のわからない頭痛に目をそらすと、殴られた場所の痛みを思い出したのだろう叫び始めた。
「もうてめえなんかには二度とやらねえからなあ!!」
二度とやられてたまるかと、やったらぶっ殺すともう一度殴りつける。
後はなんだかいつものように叫ぶそいつを無視した。
俺はもう寝ると捨て台詞をはいて扉が閉められる。
どがどがと不機嫌な足音が遠のいて行く中、妙にかゆい額に、触れることしかできなかった。
歯軋りとともに、もう二度とさせるものかとはき捨てて、寝室へと向かった。
「スクアーロ」
「あっマーモンどうした?」
「眠いよ」
赤ん坊はそう言って男へと手を伸ばす。
すると、男は当然のように赤ん坊を抱き上げ、フードをめくった。
抵抗しない赤ん坊の小さな額に唇を落とし、微かに笑う。
「おやすみ」
「今日は一緒に寝てくれないの?」
「今日は徹夜で書類だあ……」
「ふーん」
赤ん坊がそう呟いて腕から降りる。
すると、傍で見ていた青年が表情こそ前髪で見えないものの、唇の端を吊り上げて赤ん坊に話し掛けた。
「マーモン、じゃあ、俺と寝よう」
「やだよ、だってベル僕のこと枕にするし」
「うしし! だってマーモン柔らかくて気持ちいいじゃん」
「人間の頭は結構重いんだよ」
断られてやんのっと男が笑えば、一転して青年の表情が不機嫌なものに変わる。
「うるさい、バカ鮫」
微かな口論の中、笑っていた一人が立ち上がり、男に呟く。
「スクアーロ、貴方、昨日も徹夜だったでしょ。今日は私がやってあげるからマーモンと一緒に寝なさい」
そう言って少しだけその男の銀髪を掻き分け、額に唇を落とした。
男は一瞬何かを叫ぶように口を開くものの、諦めたように少しだけうつむく。
恐らく、相手には勝てないとわかっているのだろう。
それでも、微かな抵抗に小さく呟いた。
「俺はもうガキじゃねえぞお……」
「私にとっては一緒よ」
そう微笑む相手に、男は何の反論もできず一応感謝の言葉を送った。
赤ん坊を再び抱き上げ、部屋から出て行く。
ばたんっという音が響き、遠のいていく足音が小さくなった時、呟いた。
「ボス、ベル、殺気が痛いわ」
殺気を向ける2人の額には、もう柔らかな唇の感触はあまりにも遠すぎて残っていない。
別にしてほしくないけど、他人がするのを許せないツンデレボス&実はしてほしいことに気づいていないベル。
マーモンはまだ許せるけど、ルッスーリアは許せません。
「子供の額にはキスを」で実は幼い頃のボスにもやって殴られた鮫の部分です。
でも、鮫はきっとそんなこ言ったこととか忘れてます。
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