拾われた子であるスクアーロは自分の生まれた日を知らない。
色々な大人が誕生日はあった方がいいと、いつか決めた方がいいと言ってくるが、必要性を感じなかった。
しかも、スクアーロが最も崇拝するあの人が「誕生日を決めるなんておかしいことだね」と言ってくれたので誕生日はないという方向で固定された。
変わりに、あの人が自分と出会った記念日を教えてくれて、その日に誕生日の真似事をしたのを覚えている。
しかし、それはあくまで真似事で、しかもあの人とスクアーロの間にしか発生しない限定的なものであったし、スクアーロ自身、あの人との間だけのものと認識していた。
スクアーロは、自分の生まれた日を知らない。
だから、誕生日は無い。
そして、祝われたは当然のごとくない。
だからと言ってスクアーロは妬むのでもなく、羨むのでもなく、卑屈になるでもなかった。
親しい誰かが誕生日だと知れば祝うし、それが一握りの近しい人間であればさんざん頭を捻ってプレゼントも用意する。
それに対して、スクアーロの誕生日が存在しないことを知る一部のものは腫れ物に触るような反応をするが、スクアーロにとっては存在しないものは存在しないと決着はついていた。
存在しないものは祝われない。
それは当然のことであり、今更とやかく言うことでもないだろう。
ズレたところで見切りの早いスクアーロはそう重い、ショーウィンドゥを覗き込む。
ショーウィンドゥの向こう側に並ぶ煌びやかな装飾品。
淑女を飾るような清楚なものから、娼婦を飾るような華美過ぎる宝石達。
スクアーロは首を捻ってそれらを見つめた。
もうすぐ、スクアーロにとって最も近しい部類に入る男の誕生日だった。
男の誕生日に宝石、しかも女性が身に付けるような装飾品というのは一般的におかしかったが、誕生日を迎える男は様々な意味で一般から外れている。
女の装いは好まないものの、女の言葉づかいで、こうした煌びやかな装飾品を好むところは、まったく外れているとも言っていた。
スクアーロは、ショーウィンドゥを見るというより睨みながら物色する。
幼い頃から傍にいた男。
何度も誕生日を祝ってきたが、いまだにあの顔から申し訳なさそうな苦笑は抜けない。
それでも、スクアーロは祝い、プレゼントを贈る。
そこに、躊躇や下心は無い。
ただ、祝いたいから祝う。贈りたいから贈る。
それだけのことだった。
「あ゛ー……ド派手な奴が似合うんだけどよお……」
じっと、ただ人の目を惹くためだけに配置された巨大なネックレスを見つめる。
その宝石の大きさや多さに比例するように並べられた0に臆することなくスクアーロは考えた。
そう、男とは幼い頃から共に居て、何度もプレゼントを贈っているだからこそ、男の嗜好や似合うものは心得ている。
だからこそ、難しい。
それこそ、小さい頃ならば金をかけずともただ懸命にスクアーロが差し出せば受け取ってくれた。
頭を撫で、喜び、笑う。
しかし、成長してしまえばそうもいかない。
仕事につきそこそこ以上の金を稼げるようになってから贈るものは、ただ懸命に選んだだけではなく、センスも問われるのだ。
適当に装飾品が好きだろうと贈った最初のブローチは
「地味すぎ」
と切り捨てられ、リベンジとばかりに華美なものを贈れば
「バランスが悪いわ」
と文句を言われ、今度こそと頭を悩ませたものを渡せば
「この石、偽者よ」
っと審美眼を問われ、散々勉強した末に自信を持って送ったブローチは
「ブローチしかくれないの?」
と連敗を喫した。
それから、あれこれ手を代え、品を代え贈り続けた。
すでに意地の域まできているが、プレゼントを選ぶという行為は嫌いではないし、何より、良い物を贈れれば何よりも喜んでくれるのは嬉しかった。
他にもこうして毎年プレゼントを贈る相手がスクアーロにはいるが、何を贈っても喜ぶか、何を贈っても無反応かのどちらかしかないない。
嫌な物であればきちんと文句を言い、良い物であれば素直に喜んでくれる反応は悩みぬいて選んだかいがある。
だからこそ、スクアーロは頭を痛める。
どうせ贈るなら、喜んでほしい。あの男の高いハードルを条件を満たしてやりたいと思う。
去年は華美すぎないが煌びやかな時計を贈った。しかし、それはあまりにも使い勝手が悪いと文句を言われた。いわく、装飾品ならともかく実用品ならば見かけよりも使い勝手を優先しろと。
ちなみに、今までスクアーロが贈ったプレゼントの勝率は限りなく低い。
今年こそ気に入るものを贈ろうと必死だ。
そうして考えている内にネックレスを贈ろうと思う決心すら揺らいでいく。
考えてみれば3年前もネックレスであったし、それが成功したからといって似たものを渡しても似たようなのは二個いらないと言われるかもしれない。
では、次は何を送るか。
装飾品か、実用品か、いっそ休暇にあわせて旅行をプレゼントするのもいいだろう。ただ、肝心なのはやはり贈るなら誕生日当日にしたいという信条が頭をもたげた。
ぱっと考えて思い浮かんだのは指輪。
男は、指輪が好きで、指輪ならば何個あっても嬉しいと言っていたのを思い出す。両手に物凄い煌きの指輪をいくつもつけ、似合うでしょっと嬉しそうに笑う顔。
いいかもしれないと一瞬思ったが、それはすぐに振り払われた。
理由は簡単だ。
「ぜってえからかわれる」
普段、スクアーロをからかったり、可愛がったりする男は、いつでも機会を待っていた。
そこで、指輪を贈ればすれば「婚約指輪?」などと冗談のようにはしゃいで騒ぐのは目に見えている。
しかも、周りを巻き込んでだ。
想像するだけで頭痛のする未来は避けたい。
「そもそも指のサイズも知らねえし」
そう呟いてくるりとショーウィンドゥから目をそらした。
装飾品はだめだと思ったのだろう。
ショーウィンドゥの向こうで実は店員がほっとしているのに気づかず、スクアーロは歩き始めた。
装飾品がだめなら、実用品か。
妥当なところで万年筆や食器などが思いつく。
しかし、そういったものに頓着しないスクアーロは、それをどこの店のどれを買えば男が満足するのかわからない。
ブランドならばいいというものではないだろう。
歩きながら、空を見上げる。
ひしひしと、敗北の予感が競りあがってきた。
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