白い少年は決して他人に油断して眠るところを見せたりはしない。
どれだけ安心だと、何もしないと言っても、どれだけ眠くとも、寝なければいけない状態でも、立った数人を除いて寝は絶対にしない。
その数人はこの世で一番、白い少年が忠誠を誓う相手であり、世界で二番目に信頼する青年であり、そして、どちらかといえば嫌いの部類に入る筈の赤い瞳の少年だった。
最後は本人すらよくわかってないものの、とにかく、眠れるらしい。
誰か他の人間がいれば、人間が近づけばばっと起き上がるものの、眠る。
そして、その日も、少年は眠っていた。
それは、ふっと、赤い瞳の少年の意識が逸れた頃。
まるで猫のように体を丸め、引っ付いている訳でもなく、かといって離れている訳でもない距離に寝転がっていた。
それを椅子に座って見下ろす赤い瞳の少年は考える。
恐らく、赤い瞳の少年が座っている椅子から立って2,3歩踏み出せば触れることができるだろう。
近づいても起きたりしないことを赤い瞳の少年は知っていた。
そう、近づいてその長い髪に指を絡めても、ギリギリの距離で意外と長い、髪の色と同じ睫を覗き込んでも、その華奢な腕を掴んでも、赤い瞳の少年が起きろと呟いたり極端な攻撃行動にでなければ起きないことも知っていた。
起きろ。
その一言で白い少年は目を開き起き上がり、眠そうに目を瞬き、そして不機嫌そうに何か用かと聞いてくる。
そこまでありありとわかっていた。
しかし、その日、赤い瞳の少年は迷っていた。
起こすか、寝かすか、迷っている。
別に、起こすような用事はなかった。
だが、寝かしたままというのも、居心地が悪い。
なぜか、赤い瞳の少年はそうやって大人しく寝入る白い少年を見ると居心地が悪くなる。
白い少年が何かした訳でも、言った訳でもないのに。
どうしようもなく落ち着かない。
本でも読んでいれば気がまぎれるのだが、目が離せない。
寝言も寝返りもしない白い少年は、そこにいる。
寝息が聞こえなければ人形のようにも見える白い少年。
手を伸ばしても、ぎりぎり届かない距離で。
おきろ。
っと、赤い瞳の少年は思う。
起きていれば、わずらわしい思いをせずにすむ。そもそも、寝ることなんて許可してない。
それでも、起こす理由には乏しすぎる。
ちらりと扉を見た。
誰か、くればいい。あるいは、あの青年が顔を出せばいいと赤い瞳の少年は思う。
そうすれば足音一つすれば白い少年は起き上がるだろうし、青年ならば白い少年は起きないながらも、この雰囲気は紛れる。
もしかすれば、そのまま青年が白い少年をきちんとしたベットに寝かせる為連れて行くかもしれない。
こいっと念じてみるが、一向に気配はなかった。
白い少年も起きる様子もなくただ時間だけが過ぎていく。
本に手を伸ばして見た。
青年がおもしろいからと言って貸したもので、赤い瞳の少年もまたおもしろいとは思っていた。
白い少年が寝るのにも気づかず集中していたのだが、なぜか今は集中できない。
しかし、字はさっぱり頭に入らず滑っていく。
ただ、白い少年の姿だけが妙に視界からなくならない。
本を放り投げ、赤い瞳の少年はやっと椅子から立ち上がった。
そして、白い少年の傍らに座り込むと寝顔を覗き込む。
そこには、普段は不機嫌そうな顔しか見せないというのに穏やかな寝顔がある。
しかし、上下する胸以外はほとんど動かない姿はまるで人形のようだった。
まるで、信じているとでも言うような安らかな寝顔にひどく苛立った。
少しだけ、赤い瞳の少年は思い出す。
この寝顔を見るたびに、あの日、白い少年といつのまにか一緒に寝ていた時間を。
そう、まだこの白い少年が一部の人間の前でないと寝ないと知らなかった時。
あの時も、こうして上下する胸を見、触れた。
同じように手を伸ばし、触れれば微かな鼓動。
「かすが」
ぽつりと呟いた言葉。
それにも反応は無い。
あの時のようにうっすらと白い瞳は姿を見せず、ただ眠っている。
苛立ちが、収まらない。
だから、赤い瞳の少年はそっとその髪に指を絡めた。
細い、さらりと手触りのいい感触は、起きている時にはじっくりと味わえない。
しかし、その時、赤い瞳の少年は感触をじっくりと味わおうとは思っていなかった。
そのまま、白い髪を強く強く掴み。
「起きろ、カス」
引っ張った。
「いでえええええぇぇぇぇぇぇ!!」
響きわたる悲鳴に、うるさいとぱっと手を離せば白い少年の頭からごんっと嫌な音がする。
その痛みに思わず絶句して転げ周り更にそれがうざいと蹴られた。
ひどい悪循環の中、なんとか白い少年は起き上がる。
「う゛お゛ぉい!! なにするんだあ!!」
「ぐーぐー寝てんじゃねえよ」
「あっ!?」
「この部屋で寝ていいって誰が許可した」
少しだけ考えるようにきょとんっと白い少年は首を傾げる。
そして、答えが出たのだろう、割合あっさりと立ち上がった。
「そりゃ、そうだ」
白い少年特有の何か間違った常識があるのだろう。
いつもならここで叫んでいるところだが、ブツブツと「だよな、許可貰ってねえよな」となんだか呟いている。
一悶着あるだろうと思っていた赤い瞳の少年は妙に拍子抜けしてしまった。
しかし、そんなことおかまいなしに白い少年は頷いてそして、ちらりと目の端に映った本を見つける。
「んだあ、これ、ルッスーリアの本だろ、角折れてたら怒るぞお?」
本を拾い上げた白い少年は折れてるところがないかとぱらぱらめくった。
内容はわかってないのだろう文字ばっかりだと愚痴を吐く。
そして、つまらなそうに赤い瞳の少年に渡す。
「……うるせえ」
その言葉にもまだ眠いのか特別反応しない白い少年は時計を見た。
針を見れば、いつのまにか夕刻をさしている。
いったいどれくらいの間白い少年が寝ていたのか、そしてそれを赤い瞳の少年は見ていたのか。
白い少年は、暢気に呟いた。
「もうすぐ晩飯だなあ」
そして、先ほどまであれほど赤い瞳の少年が待ち焦がれていた青年の足音が、少しづつ近づいてくるのを感じた。
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