雨猫



 スクアーロが猫を拾ってきた。
 真っ黒な猫で、きらきらとした金色の瞳の猫。
 今はスクアーロの腕の中で気持ちよさそうに寝ている。
 どうも、スクアーロの話では雨に打たれていたのでうっかり拾ってきたらしい。
 拾ってしまったら捨てる訳にもいかないし、かといって飼うこともできないから困ってる。
 僕はスクアーロの腕によじ登って猫に触れて見た。
 湿ってはいるけど、びしょぬれという訳じゃないから、きっとスクアーロが拭いたんだろう。
 僕は、そういえば僕は猫を触るのは初めてだということに気づいた。
 ぐんにゃりと柔らかくて生暖かい猫は、思ったより気持ち悪い。
 僕の表情に気づいたのか、スクアーロは

「乾いてたらもっとふかふかで気持ちいい」

 と僕に言う。
 スクアーロは、まるで壊れ物でも扱うように猫を適当なタオルをしいた箱にいれると、また困り始めた。
 貰い手を捜さなければといいながら、スクアーロの視線は猫から離れない。
 そんなに猫が好きなのかと思えば、何かが違う。
 スクアーロの瞳はどこか怯えている。
 そして、どこか遠くを見るような瞳で、眼を伏せた。

「スクアーロ」

 声をかけると、びくっと震えた。
 一瞬、表情が歪むけど、すぐにいつもどおりの表情に変える。

「んだよ」
「猫、嫌いなの?」
「はあ……? 嫌いなら拾う訳ねーだろ」
「でも、スクアーロ怖そうだよ」

 そう、指摘すれば、スクアーロの表情が曇った。
 どうも、スクアーロは自覚があるらしい。
 言い訳するように、唇が動く。

「猫なんてよ、すぐ死ぬんだ」

 弱えんだよ。
 そう、悲しそうに。
 きっと、スクアーロは、猫を殺したことがあるんだろう。
 いや、どっちかといえば目の前で死んだか、殺されたんだろう。
 そんな、怯え方だった。
 自分が殺してしまいそうで、怖い。
 何人も、それこそ何十人も何百人も人を殺しているくせに、猫を殺すのが怖いという。
 変なの。

「ふうん」

 僕が相槌を打つと、スクアーロは恐る恐る猫に触れる。
 手袋をはずした白い右手が黒い毛並みを撫で、猫が動けばびくりっと手を引っ込めた。
 あまりの大げささに、どこか滑稽だった。

「どうするの、それ」
「しばらく里親を探す」
「みつからなかったら?」

 スクアーロは答えなかった。
 ただ、もう一度猫に触れる。
 黒い猫は、少しだけ目を開け、スクアーロの手に擦り寄った。
 スクアーロの表情が、ゆるむ。
 猫は、まるで甘えるかのようにゴロゴロと喉を鳴らしながらちろりとその手を舐めた。
 くすぐったいと小さな呟き。
 僕は、スクアーロの腕にしがみついた。

「あ?」
「名前つけるの?」

 ぐりぐりとスクアーロの腕に頭をくっつけて僕は聞く。
 本当は猫のことなんてどうでもいい。

「つけねえ」
「なんでさ」
「情が沸くだろ」

 当たり前のように言いながら、猫の首の下を撫でる。
 もう十分沸いているように見えた。
 それが、ひどくむかつく。
 その手は、僕を撫でてくれた手なのに。
 その眼は、僕を見てた筈なのに。
 今浮かべている笑みは、僕に向けられていたのに。

「スクアーロ」
「なんだあ?」
「猫好き」
「嫌いじゃねえ」
「じゃあさ」

 僕は?
 と言いかけてやめた。
 何を言おうとしたんだろう。
 くだらない。
 猫なんかに嫉妬してるみたいじゃないか。レヴィじゃあるまいし!!
 こんな、数日しかいない猫なんて。
 猫なんて、

 にゃあ

「あっ腹へってんのか?」

 猫がスクアーロの指に吸い付いた。
 ぺろぺろと舐めたり軽く噛んだりしながら餌をねだる。
 スクアーロがくすぐったそうに指を引くが、猫は追いかけて前足で抑えた。
 どうやらよっぽど気にいったらしく、夢中でじゃれついている。
 いてえよっと小さくスクアーロが抗議の声をあげるものの、猫はかまわず歯をたてた。



















「にゃあ」



















 スクアーロが、目を見開いた。
 じっと、僕を不思議そうな目で見ている。
 でも、スクアーロより僕が驚いていた。
 にゃあなんてなんで言ったの、言う必要なんてちっともなかったのに。
 ただ、目の前でスクアーロが、スクアーロの指が猫にジャレつかれているだけなのに。
 スクアーロがなんだか納得したように表情を変える。
 違うっと言いかけた瞬間、スクアーロは猫から指を取り上げて抱き上げた。
 そして、僕に猫を渡すとにっと笑う。

「ちょっとそいつの飯とってくる」

 腕の中で、猫がにゃあっと寂しそうな声をあげる。
 どういうことか少し考えてみれば、どうもスクアーロは僕が猫にかまいたいと思ったのだろう。
 とんだ検討違いに怒るより笑いたくなってきた。
 子猫よりも少し成長した猫は僕には少し重くて床に下ろすと、猫はスクアーロの後を追っていく。
 なんだかそれが悔しくて僕も一緒に追っていったら、スクアーロが僕と猫を見下ろして。

「んだあ、てめえも腹減ってるのか?」

 と聞いてきた。

「別に」

 猫がこっちにきたからついてきただけと言い訳しながら、僕は猫を見た。
 猫はスクアーロの足にすりついてごろごろと喉を鳴らしている。
 スクアーロが猫に待てとか言いながらわざわざ買ってきたのだろうキャットフードを開けた。
 さすがに皿までは用意してなかったのか、しぶしぶ自分の食器に盛り付けて猫の前におく。
 そして、僕を見ると、何か食べるかと聞いてくる。
 お腹なんてすいてないのに。
 僕はそれを断って、スクアーロに腕を伸ばした。
 スクアーロは何も言わなくてもわかってるから僕を抱き上げる。
 すると、餌に夢中だった筈の猫が顔をあげた。

 にゃあ
 
「ああ? 飯はそれしかねえぞ」

 にゃあ

 猫の金色の目が僕を見ていた。
 たぶん、抗議しているのだろう。
 いくら鳴いても通じないのを理解したのか、猫は餌に集中を戻した。
 僕は、猫を見下ろしながら(お互い、鈍感が相手だと苦労するね)と同情した。





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