雨猫


※スクアーロと猫がかわいそうな話です。




















 ルッスーリアは、その日少しだけ驚いた。
 何故なら、午後のティータイムに付き合ってくれたマーモンが

「スクアーロが猫をベットに寝かしてるんだ」

 と呟いたことなのだ。
 それは、一見なんの変哲もない話題に見えたが、ルッスーリアはその言葉の裏まで読む。
 だから、その言葉の裏に隠された刺や嫉妬を感じ取った。 
 嫉妬。
 レヴィでもあるまいし、マーモンがっと驚く。
 いつもならばそういう言葉を吐くのは、ベルか、ごくまれに彼らのボスの筈。
 どちらかといえばマーモンは嫉妬される対象。
 そのマーモンが嫉妬するなんてっと内心の驚きを隠しながらルッスーリアは相槌を打つ。

「猫ねえ」

 猫。
 考えてみれば、猫にはあまりいい思い出がなかった。
 それは、猫にひっかかれたとか、噛まれたという類の記憶ではない。
 ルッスーリアの中で猫の記憶といえば、必ず血と死が付きまとう。
 そう、白い少年が白い子猫を抱いて自分を見上げる。

「スクアーロがまた、猫を」 

“ねえ、ルッス、だめか?”
 猫と同じずぶ濡れの少年のこんなに悲しそうな顔を久しぶりに見たルッスーリアはつい許してしまった。
 少年の保護者からほとんどの権利を委譲されていたので問題はなかった。
 世話だけはしっかりするように言い聞かせれば笑顔が返ってくる。
 それから、少年の生活は子猫一色だった。
 気が合うのか、子猫はよく少年に懐いたし、想像とは違って少年は子猫の世話もよくやってのけた。
 屋敷を猫と一緒に歩く姿に、誰もがうっかり笑みを浮かべる。
 それでも、悲劇はやってきた。
 血と猫の死に、悲しむ少年の表情を思い出す。
 嫌な記憶だった。

「また?」
「ええ、何度かね、スクアーロも猫を飼ってたわ」

 そう、何度か。
 一度目の猫の死から立ち直った少年はまた猫を拾ってくる。
 今度の猫はまったく少年に懐かなかった。
 引っかき傷をたくさんつけた少年は逃げる猫を追いかけて屋敷を走り回る。
 それでも、猫は逃げるが、屋敷から出て行くことは無かった。
 今思えば、それなりに懐いていたのかもしれない。
 少年は暴れる猫を大事そうに抱いて大事に育てていた。
 それでも、また悲劇はやってくる。
 少年はまた悲しんだ。

「最初は白い猫だったわ、次はブチだったかしら、どっちもすごくかわいがってたわ」

 次の猫を、ルッスーリアは見ることはなかった。
 ただ、今度はこっそりどこかで飼っていることだけはわかっていた。
 秘密にしていることが後ろめたいという表情で餌を持って忙しく走っていれば誰だって気づく。
 それでも誰もが知らないフリをして見守った。
 時折遠まわしに手伝いながら。
 少年は毎日嬉しそうで、楽しそうだった。
 それでも、やっぱり悲劇はやってくる。
 少年は打ちのめされた。
 どうしたの? と聞くルッスーリアに、少年は猫が死んだと呟いた。

「どうしてもね、雨の中見つけると拾っちゃうみたいなの」

 苦笑。
 少年の子供時代最後の猫は、飼っていたことすら知らなかった。
 あまりにも密やかに、隠されて猫は飼われていた。
 一番近くに居たルッスーリアにも気づかせなかったのだから、他の誰も知らなかっただろう。
 ただ、思い出してみれば、いつもより表情が明るかったようには思えた。
 そのまま、猫はひっそりと飼わ続ける筈だった。
 しかし、悲劇はとまらない。
 ある日、突然うちのめされた少年は赤く染まった猫を抱いて埋めるのを手伝ってくれと言った。
 その目は呆然と、虚ろで、悲しいという感情すら超越していた。
 もう二度と、きっと猫を飼わないだろうと猫を埋めながら思った。
 その通り、少年は青年へと変貌するまで猫を拾うことはかった。

「どの猫も長続きしなかったけど」

 そう苦笑すると、マーモンは不思議そうに首をかしげた。

「なんで?」
「すぐね、死んじゃったの」
「病気?」

 いいえっとルッスーリアは首を振る。

「事故?」
「違うわ」
「寿命?」
「違うわ」
「弱ってたの?」
「そういう子もいたわね」
「?」

 青年になってから、また猫を拾ってきた。
 仕事が忙しいから飼う訳ではないと言っていたがずいぶん大切にしているのはわかる。
 楽しそうによく笑うようになり、猫が歩く後ろをついていくという一種異様な光景が見られるようになった頃。
 猫は、死んだ。
















「全部ね、殺されたの」

















 貴方は殺しちゃだめよ。
 そう、ルッスーリアは言う。
 マーモンは、その言葉で気づく。
 猫を殺したのはきっと近くに人間なのだろうと。
 あの、男を愛する人間なのだろうと。

「一番最近の子は、もう大丈夫だろうと思ったのに、ベルに切り刻まれちゃったから」

 あれはわざとじゃないからこそあの子も辛かったでしょうね。
 そう、ぼやいてふっと視線を動かす。
 どかどかと足音と共に、銀色が姿を見せた。
 銀色はひどく慌てた様子で腕に持っていた猫を放り投げる。
 それにはさすがに驚いたもののキャッチしたルッスーリアは目を丸くした。

「預かっとけえ」

 それだけ言い残すと踵を返して扉を閉めた。
 扉の向こうで罵声と怒声、そして金属音。
 何が起きているかはなんとなく部屋の中の2人もわかった。

 にゃあ

 猫が目をぱちくりさせながら一声鳴く。
 それに、ルッスーリアは笑った。

「ふふ、貴方もびっくりしたでしょう」

 猫は手の中でよくわかってなさそうな金色の瞳をルッスーリアに向ける。
 ルッスーリアは猫を軽くぐにゃぐにゃと撫でると優しく呟いた。

「私とあの子が守ってあげるから、長生きしてね、せめてもらわれるまで」

 にゃあ。
 意味がわかってかわからずが、猫はそう答えた。
 そして、その手から逃げると、扉の前までかけていく。
 目の前のマーモンが「僕も守るよ」と忌々しそうに呟いた。


 それは私と誰かが言った。




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