がくんっと白い少年の頭が、自分の意思に逆らって90度程後ろに曲がった。
本来曲げる意志はなかった為、驚きと痛みに顔を歪めて思わず開いた口をそのままに叫ぶ。
「う゛お゛ぉい!!」
いてえじゃねえかと睨んだ先、そこには赤い瞳の少年が本を読みながら白い少年の髪を掴んでいた。
力はそれほどこもってないものの、無理やり振り払おうとすればかなりの痛いだろう。
視線を一度も動かさず、唇だけが動く。
「外がうるせえ」
耳をすませて見れば、外で何か騒ぎが起きているようだった。
白い少年がその騒ぎに銃声が混じったのを感じると、赤い瞳の少年はぱっと手を離す。
同時に白い少年は立ち上がり、銃を確認して振り返る。
「そこでおとなしくしてろよお」
「はっ雑用なんかの為に立ち上がるかよ」
頬杖をつきながら答える赤い瞳の少年に白い少年は眉根を寄せた。
しかし、それもいつものことなので扉に手をかける。
赤い瞳の少年は一度も本から視線を動かすこともなく、外の騒動は収まっていた。
一度だけ、青年がひょいっと部屋の中を見にきたものの、特別声はかられない。
白い少年は微かな硝煙の香りを身にまとって帰ってくる。
そして、当たり前の動きで赤い瞳の少年の横に立つと銃の手入れをし始めた。
弾の数を確認し、解体はしないものの、ハンマーや引き金を調べている。
少し白い少年がその銃口をそちらに向ければ簡単に撃ち抜ける距離だというのに、赤い瞳の少年は微動だにしない。
ただ、数分もすれば、銃の整備に飽きた白い少年がアクビをした瞬間を狙ったようにその髪をまた思いっきり後ろに引いた。
「今度はなんだあ!!」
「茶でもいれてこい」
その日、赤い瞳の少年が本から目を離したのは夕食の始まる5分前だった。
「う゛お゛ぉい!!」
がくんっと白い少年の頭が意思に反した方向へ曲がる。
ぎりりっと睨み付ければそこには赤い瞳の少年がいた。
「ルッスーリアが呼んでたぞ」
そう告げる赤い瞳の少年に、白い少年はいつもならそれに従うものの、その日は違った。
ぐるりと振り返るとその間近で見ると白よりも銀に近い瞳でにらみつける。
そして、機嫌な表情で、叫びたいのを抑えながらも低い声で呟く。
「なんで俺の髪引っ張りやがるう……」
はげたらどうしてくれると抗議すれば、赤い瞳の少年ははっとはき捨てた。
くだらないという表情できっぱり答えた。
「邪魔くさく伸ばしてるからだ」
「んだとお!!」
額に青筋でもたてそうなほど顔をゆがめ、叫んだ。
白い少年は別に自分の髪が特別好きな訳でも、自慢な訳でもなかった。
しかし、髪を伸ばすのは白い少年にとって重大な意味を持っているのだ。
それを邪魔だと言われるのは、殴られるよりも罵られるよりも逆鱗に触れた。
「てめえ!! いわせときゃあ!!」
拳を振り上げるが、決して振り下ろさない。
一瞬、止まる。
その一瞬の思考。
銀の瞳と赤い瞳が交差する。
どちらも口を開かない。
振り上げた拳を、白い少年は壁にたたきつけた。
どごっと鈍い音がする。
赤い瞳の少年は表情ひとつ変えなかった。
白い少年は歯軋りをすると叫んだ。
「ぜってえきらねえからな……!!」
そのまま、背をくるりと向けた瞬間、流れる白い髪を赤い瞳の少年は無造作に掴んだ。
前に進もうとしていた少年は勿論前に行こうとする力と、後ろに引かれる力により、首ががくっとほとんど90度曲がる。
ぶちびちと不穏な音。
思わず口をついて飛び出す奇怪な声に、赤い瞳の少年がうるせえよ呟いた。
よく見ると、相当痛かったのだろう、その目が多少潤んでいる。
赤い瞳の少年が手から髪を離すと、長い髪が数本落ちていく。
「〜〜〜〜〜〜〜〜ぶっころす!!」」
「あの、出過ぎたことを言いますが……」
「なんだ、ルッスーリア」
「髪を触りたいなら、素直に言えばいいと……」
どごすっ。
壁が陥没した。
赤い瞳の少年はぎろりと黙れとでも言うように睨み付ける。
青年は、最後まで言葉を紡げずやれやれと言葉を変えた。
「出過ぎたことを言いました……」
赤い瞳の視線の先、ふわりと揺れる髪。
一瞬、ぴくりと動いた手を、青年は見逃さなかった。
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