夜の闇の中、銀色が散った。
月の光を反射し、まるで一つの生き物のようだった銀色の一部が、まるで雪のように夜空を舞い、落ちていく。
美しいと言って相違ない光景だった。
戦場を微かな沈黙に満たすには、十分な程。
その一部は、ごく少量だったが、銀色の持ち主は動揺し、激怒した。
「う゛お゛ぉ゛ぉぉぉい!! どうやらてめえ、楽には死にたくないようだなあ!!」
銀色の持ち主は元から悪い目つきを更に吊り上げた。そして、さっきまでは笑みすら浮かべていたその唇をひん曲げる。
そして、睨むだけで人を殺せるのではないかというほど鋭い眼光で、自分の銀色の一部を散らした相手を見つけた。
跳躍は、一瞬。
相手がどう動いたか分からないほど早く。
それでいて、食らいつくような勢いで突き進む。
銃声。
それすら避けるかのように体を翻すと、その手に括り付けられた剣を構えた。
赤。
血が、飛び散る。
「ここまで伸ばし直すのにどれだけかかったと思ってやがる!!」
断末魔の悲鳴すらあげられず、生命活動の止まった体は倒れた。
その度銃声の数は減る。
跳躍と振るわれる剣に合わせるように銀色が翻り赤と共に世界を彩っていく。
相手は、気づいていた。
どれだけの仲間が殺されようとも、銀色の恐ろしい眼がこちらを見ていることを。
そう、あの美しい銀色を散らした自分を捉えたまま離さないことに、気づいていた。
小さな悲鳴が零れる。
もう、銃を撃つことも、逃げることもできない距離。
完全に、銀色の範囲に入る。
相手の目の前まで肉薄した瞬間、相手はその銀色に向かって叫んだ。
「bruto!!」
刹那、赤が空中にぶちまけられた。
相手は、死んだと思い目を閉じたが、与えられたのは闇ではなく、強烈な激痛。
見れば、握っていた銃ごと、自分の腕が飛んでいる。
ごとんっと落ちるより早く、銀色は、ふわりと体勢を変え、そこで初めてにやりと笑った。
「残念だな、俺は獣じゃなくて、鮫だぜ?」
言葉どおり、まるで牙を持ち上げた鮫のごとく、遅いかかる。
そして、相手は後悔した。
この世には、手を出してはいけない相手がいることを。
だが、後悔は遅かった。
獰猛で残酷な笑みを浮かべた銀色に、容赦はない。
ただ、すぐさま殺されるのではなく、あらゆる苦痛を味わうようにと、部位が切り取られていく。
赤く、赤く視界は染まる。
今まで味わったことのない苦痛の中。
ただ、ただ、持ち主に反して美しい銀色が、その瞳に最後に焼きついたものだった。
「スクアーロ?」
声に、近くの物陰から銀色の――スクアーロの姿が現れた。
その表情はひどく苛立ち、首から下を自分の仲間である声の主に見せない。
でてきなさいよっと、女性の口調だが低音で呼びかける。
しかし、相手は一向に動こうとせず睨んでいる。
「お仕事は終わりよ、だいぶ逃がしちゃったけど、目的の首はとれたわ」
だから、帰りましょ?
そう続ける仲間に、スクアーロは動かない。
不思議に思った仲間は首を傾げ近づいた瞬間、くるんじゃねえっ!!と怒鳴った。
「なっなによ……怪我でもしたの?」
驚いて一歩引くがすぐに怪我でもしたのではないかと仲間は心配そうな顔を見せる。
その顔に、スクアーロは少し困った色を浮かべると渋々とでも言うように口を開いた。
「笑うなよ?」
「笑う?」
「いいから、笑うなよ!!」
スクアーロは物陰から月の明かりの下に出た。
相変わらず汚れひとつない銀色は月に輝いてため息がこぼれそうな程美しい。
しかし、その銀色が、一部分欠けていた。
それは、長い銀色を妙にアンバランスに思わせる。
「どうしたの……それ?」
先程よりも驚いた、というよりも呆然とした表情で指を指す。
すると、スクアーロは苦々しい顔で答えた。
「きられた」
笑われるだろうとスクアーロは思った。
いくら長い髪だとはいえ、雑魚相手にいつも大事にしている髪を切られたのだ。
今まで決して傷つけることも痛めることも(例外はあるが)汚すこともなかった髪をきられた。
それは何にも勝る屈辱であり汚点。
スクアーロはいつ笑い声が響くか待っていた。
しかし、一向にその気配はない。
見れば、確かに、その表情は笑っていた。
だが、声はない。
その、声のない笑顔が、スクアーロはなんとなく怖く感じた。
何が怖いのかはわからない。
いっそ、ルッスーリアは穏やかに笑っていたのに。
「後で、きれいに切り揃えてあげるわ」
優しい声だった。
優しい声でルッスーリア呟く。
「でも、少し待ってね」
「……?」
「残党狩り、しなきゃいけないから」
一歩ルッスーリアが踏み出した瞬間、思わずスクアーロは一歩下がった。
まるで、空気に押されたかのように。
「ボスが待ってるから、報告にいってらっしゃい」
「おっおう……」
訳がわからずもう髪を切られたことも忘れて報告に走る。
振り返って見た背中は妙に怖かった。
ボスを見つけ、一瞥された瞬間、笑われるかと思った。
さっきまで混乱で忘れていたが、スクアーロの髪は妙にバランスが悪くて不恰好に見える。
声に出して笑われることはないだろうが、嘲笑くらいされるだろうと苦々しく思った。
しかし、ボスはしばらくこちらを見つめていたかと思えば、すぐに目をそらされる。
何か言おうとした瞬間、それよりも早くボスが口を開いた。
「残党狩りだ」
「え? しかし」
「残党狩りだ」
「……はい」
「なー」
しゃきしゃき
「何?」
しゃきしゃき
「残党狩り、する必要あったのかぁ?」
しゃきっ
「あったわよ」
「?」
「あったのよ」
しゃきしゃきしゃき
「よくわかんねえぞお」
しゃきしゃきしゃきしゃきしゃきしゃき
(スクアーロの髪を切るなんて、万死に値するわ)
「いいのよ、わからなくて」
しゃきり
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