兎とナターレ



 白を通り越した銀の髪を両サイドでまとめた血のように赤い眼の少女が軽やかに長い廊下を跳ねていく。
 ふわりと広がるスカートと覗くもこもことしたブーツはまるで夢のように愛らしかった。
 少女はその顔を満面に笑みにし、部屋に飛び込んだ。
 兎の耳のような髪がしゃらっと揺れる。 

「Buon Natale!! ルッス、ベル、マモ、モスカ、レヴィ!!」
「Buon Natale、私たちのレプレちゃん、サンタさんはきたかしら?」
「うん!! 欲しかったぬいぐるみをくれたの!!
 サンタさんちゃんと私の手紙読んでくれたんだわ!」
「うしし、Buon Natale、レプレなにその服、兎のお姫様みたいじゃん」
「あのね、ルッスに選んでもらったの!! かわいいでしょ?」
「Buon Natale、レプレ、今日も元気だね」
「だって、今日はナターレだもの、ほら、マモも暗い顔しないで笑って笑って」
「Buon Natale、お嬢様、ボスには会いましたか?」
「ううん、パパンとママンは最後なの!! だって、プレゼントのおねだりするんだから!
 後、レヴィ、いつも言ってるけど私に敬語はいいのよ?」

 くるくる笑顔を振りまきながら、少女は嬉しそうに一跳ねするとツリーのように飾り付けられた機械のところへ走った。
 そして、機械に抱きつくと、小さな声で何かを話しかける。
 不思議そうな他の面々に構わず、機械は封筒のような平たい箱を少女に渡した。

「ありがとう、モスカ」
「なになに、モスカから兎のお姫様にプレゼント?」
「違うの、私が預かってもらってたの!」
「何を?」
「秘密!」

 少女の輝かんばかりの笑顔に、全員が首を傾げる。
 ただ少女だけは箱を大事そうに抱きしめて笑うだけ。
 そのまま少女はスカートを翻した。

「ママンとパパンのところ行ってくる!」
「ちゃんとノックするのよ」
「ばっと開けちゃだめだよ、うしし」
「全部見なかったことにしてあげるのが、優しさだからね」
「貴様らそれはどういう意味……」
「もう、レヴィちゃん、野暮よ」
「はーい!」

 銀色の残滓を残しつつ、少女はまた廊下を跳ねるように走る。
 大事そうに箱を抱えて一つ一つ扉を確認しながら一つの扉の前で止まった。
 深呼吸をして息を整える。
 まずは拳を軽く握って3回ノック。
 がたがたっと激しい音がしたのを聞き届けると口を開いた。

「パパン、ママン、入ってもいい?」

 数秒の沈黙の後、低い声が響く。

「……入れ」
「はい」

 扉を開けるとそこには少女と同じ赤い瞳を持つ強面の男と、少女と同じ銀髪、こちらは一目で血縁関係がわかるほど顔も似た女がいた。
 女は必死に乱れた長い髪を整え、男は何気ないふりをしながら服の乱れを直している。
 そんな男と女に、少女はまるで何もみなかったような表情で笑いかける。

「Buon Natale、パパン、ママン」
「ああ、Buon Natale」
「Buon Natale……」

 少女がたっと地を蹴って男に縋りつく。
 少女の軽い体を受け止めた男の強面が、ほんの少し、見知ったものでなければわからぬほど緩む。

「あのね、あのね、パパン、ママン」
「なんだ?」
「なんだぁ?」

 男にしがみついたまま、少女が問う。

「ナターレに欲しいもの、くれるって言ったよね?」
「ああ」
「そういや言ったかな」
「あのね、だからね、これがほしいの!!」

 少女は箱を男に差し出す。
 男は訝しげに箱を開けた。
 中には、一枚の紙。
 うすっぺらなその表面には、こう書かれていた。




 婚約届け




「パパンとママンの名前書いて欲しいの!!」
「…………」
「…………」
「欲しいの!!」
「…………」
「…………」

 その年のナターレは、とても、とても静かだった。





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