ぐうぜんせかいでであい





「おや」

 雨の中、まだ少年とも呼べそうな年齢の男は、何か白い包みを見つけた。
 普段ならゴミだろうと気にも留めないその白い包み。
 そこから、微かなうめき声がするからだ。
 少し座り込んで白い包みをよく見れば、それは猫の声のようだった。
 捨て猫かと思いぐっしょりと湿った白い包みを持ち上げる。
 猫よりも重いその重量に首を傾げ、包みをはがすと、にゅっと白い手が伸びた。
 小さな、本当に小さな手。
 その手は、猫の手ではなく、小さなそれこそ生まれたてと言える程の大きさの赤ん坊の手だった。
 弱弱しい赤ん坊の手は、母を求めてさまようも、その先に触れるものはない。
 捨て子かっと少年は思う。
 孤児はよく見てきたが、これほど小さな捨て子は初めて見た。
 恐らく、生まれてはいけない子だったのだろう。
 でなければ、こんな雨の中、教会でもお人よしの家の軒下でもなくこんな道端に置き去りにはしない。
 育てることはできない、かと言って自分では殺せない。
 少年はそれを思うと嘲りの笑みを浮かべた。

「なんと、醜いことか」

 小さな薄い色の唇からは鳴き声に似たうめき声がもれている。
 泣き叫ぶ元気もなくなってしまったのだろう。
 どこか赤ん坊の表情はぐったりしていた。
 少年は、少し困った顔をしながらも赤ん坊に話し掛ける。

「一緒にきますか?」

 子供は答えない。
 ただ、その愛らしい手だけが空中にさまよう。

「僕も捨て子なんですがね。拾ってくれた人はとてもいい人なんです貴方一人位なら、養ってくれるでしょう」

 苦笑に反応するように、赤ん坊が笑った気がした。
 少年は、冷たい白い包みを赤ん坊からはがすと、自分の上着で赤ん坊を包み直す。

「名前、どうしましょうか」





































「ムクロ」

 好き勝手に跳ねた短い銀色の髪が視界に映る。
 目の前に黒をまとった銀色が白い手をぶんぶんっと目の前で振っていた。
 そして、青年はぼんやりと思う。

「目、開けたまま寝てんのかあ?」
「トゥロ、大きくなりましたね」
「はあ?」

 その手を握り、青年は呟いた。
 小さかった手はすらりと伸び、細くなった。あの頃はまるでもみじのようだった手だったのに。
 背も、すっかり伸びて並ばれてしまった。
 トゥロと呼ばれた相手は当たり前だろうと不思議そうに呟く。

「いきなりなんだあ?」
「いえ、貴方と出会った時のことを思い出しまして。覚えていますか、貴方僕に笑ってくれたんですよ」
「赤ん坊の時のことなんて覚えてねえって何度も言ってるだろ」

 でしょうねっと答える。

「フフフ、その時僕、君のことを男の子だと思ってたんですよ」
「それも何度も聞いた」
「女の子だと知ってたら、もっとかわいい名前をつけたんですがね」

 すみませんねえっと青年が笑うと、トゥロは唇を尖らせた。
 拗ねたように視線をそらし、別にっと何度も呟く。

「あんたがつけてくれた名前だし、別にかまわねえ」

 気に入ってるし。
 そう言って地面を蹴った。
 頭をがしがしとかいて照れ隠しをしながらふいっと背中を向ける。
 その幼い仕草に青年は微笑んだ。

「あの人に何度も付け直せと言われた時もそう言ってましたね」

 瞬間、トゥロの顔色が曇る。
 しかし、それも一瞬のこと、すぐさまなんでもないような表情に戻った。

「最近、昔のことばかり思い出すんです」

 まるで、過去が手招きするように。
 奥へ、奥へ。
 更に奥へ、自分の知らない過去まで案内されそうで。
 青年は少しだけ震えた。
 自分の知らない恐怖が、そこにある。

(最近、僕の知らない記憶があるみたいだ)

 微かに震える体を押さえ、それを寒さのせいにする。

「縁起でもねえ」

 トゥロがまた不機嫌そうな顔をするので、青年はそうですねっと肯定して誤魔化す。
 青年はトゥロの存在に安堵した。
 もしも、こんな状態でトゥロがいなければ自分を保てているかわらかない。

(そう、僕はずっと、あの人が死んで――殺されてからずっとトゥロに支えられてますね)

 口には出さず苦笑。
 抱えられる程の赤ん坊だったというのに、いつの間に、体も存在もこんなに大きくなったのか。

「つか、立てよ」

 ふっと青年はその言葉にやっと自分が座っていることに気づいた。
 本当に目を開けたまま寝ていたのだろうか。
 そうとすら思いながらも立ち上がりぱんぱんと土を払った。

「あっちぐるりっと見てきたけどよお、ドンパチやってたぜ?」
「追っ手ですか?」
「ん、なんか違うっぽい。でも、たぶんマフィアだな。顔つき見りゃわかる
 やるか?」
「フフフ、僕らがマフィアを見て何もしないとでも?」

 視線を合わせてにやっと笑うとトゥロは少し体を伸ばすと腰にくくりつけていた剣を抜く。
 ぎらりと輝くその刀と同じ輝きを放つ瞳は、戦場へと向けられる。
 青年も、近場に置いてあった槍を手に取ると唇の端をあげた。
 微かな血と硝煙の匂いが二人の興奮を高める。
 殺してやると、どちらかが呟いた。
 聞こえてくる銃声にまずはトゥロが駆けだす。

「いつも通り、俺はお前を守る。援護頼むぞ」
「わかりました」

 まるで、一筋の風のような速さで戦場へと斬りこんで行く。
 悲鳴と、よくわからない叫び声。
 金属の打ち合う音と人間が切り裂かれる音。
 銃声。
 同時に、青年は笑って自分のオッドアイを抑えた。
 ずきりと疼くその目は、まるで血に反応するように戦場を見る。

「堕ちろ、マフィア共」

 世界が、ぐるりと反転した。
 その中を、いつもどおりトゥロは気持ちよさそうに走り回る。
 その白い刃を、白い肌を、銀の髪を赤く染めながら。
 混乱しきっている戦場を切り刻む。
 時折、青年を気遣うような素振りを見せながらも縦横無尽に。

「貴様!! ボンゴレファミリーか!?」
「はっ、俺らをマフィアなんかと思うんじゃねえ」
「まったく心外ですね。マフィア風情と一緒にされるのは」

 青年を狙った銃口をトゥロは腕ごと斬り落とす。

「俺らはな」

 トゥロを狙った弾がその体に到達した瞬間、トゥロの姿が消える。
 同時、別の方向から血に染まった銀が翻った。
 幻だったと感じる間もなく首が飛ぶ。

「マフィアを根絶やしにするものです」

 青年は、なぜか右目が痛むのを感じていた。
 ずきずきと、いつも感じるものではない痛み。
 まるで、どこかに引き寄せるように。
 まるで、何かを喜ぶかのように。
 まるで、欲しているように。
 それを無視しながら、青年は世界を反転する。
 どこかで、断末魔の悲鳴が聞こえた。
 それは、トゥロが出させたものではない。
 青年が目を向ける。
 右目が、歓喜の悲鳴をあげた。
 ぐるりぐるりと目が回りそうになる。

「なんだあ、あいつ」

 トゥロの声に必死に理性を保ちながら青年は答える。

「敵ではないようですね」

 視線の先、そこには男が立っていた。
 恐らく、青年よりいくつか年上だろう男は、次々とマフィアを殺していく。
 その手並みの鮮やかさは男が堅気ではないことを表していた。
 男は、じろりと青年とトゥロを睨む。

「ああ、ムクロ、あいつがさっきこいつらに追われてた奴だあ」
「なるほど」

 反転された世界の中で男は堂々と歩いていた。
 まるで、世界などいつもと同じだと言わんばかりに殺し、そしてこちらへ突き進んでくる。
 トゥロは、どうするっと聞くように視線を向けた。

「共闘しましょう」

 マフィアの敵は敵ではありません。
 その言葉に、トゥロは動きを再開する。
 戦場は、たった三人に蹂躙され、終わりを告げた。
 そして、二人は茶色の瞳の男に出会う。





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