お義父さんと一緒



 少年はじっと皿を見つめる。
 そこにはできたてのほかほかと湯気を立てるシチューがあった。
 食欲をそそる匂いと白い海の中から顔を見せる赤や緑の野菜が食べてくれとばかりに浮かんでいる。
 それをじっと見つめながら少年は動かない。
 傍らにはスプーンといつ食べられても問題のないパンが置いてあるというのにただ、見つめるだけ。
 食欲が無い訳ではない。
 むしろ、そんな食卓を前に少年のぎらぎらした瞳はいっそ輝き、今にも食いつけそうに見えた。
 しかし、手を出さない。
 じっと、じっと何かを選別するように、警戒するようにただ、見ていた。

「あら、スペルビ、食べないの?」

 食事を用意した主だろう青年がエプロンをはずしながら聞く。
 すると、少年は顔をあげて困ったような表情をした。
 その顔の意味がわからず前の席に座るとじっと青年は少年を見つめた。
 食べていいのよっと促すが、少年はスプーンを握ろうともしない。

「そんなにまずそうに見える?」

 少年はぶんぶんと強く首を横に振った。

「食べたくないの?」

 その言葉にも、ぶんぶんと強く首を横に振る。

「どうしたの?」

 黙って俯いていた少年は、その言葉にやっとスプーンを握った。
 まるで、それが焼け爛れた棒でもあるかのように恐る恐る握り締めると、何ものせてないスプーンを舐める。
 そして、数秒じっとスプーンを見つめると、今度はそれでシチューをほんの少し、本当に舐める程度にだけすくうと口に入れた。
 それからスプーンを握り締めたまま俯いた。
 今度は長い。

「どうしたの?」

 もう一度声をかけると顔をあげる。
 そして、時計を見つめた。
 秒針がかちこち動くのを見つめて、そして、やっとスプーンを動かす。
 そこからは早かった。
 スプーンですくうのですらもどかしいというほどがつがつとシチューを口に流し込み、パンを手に取る。
 パンにかぶりつくかと思えば、慎重に細かくちぎってはシチューにつけて口に運ぶ。
 その勢いにおかわりが必要かと立ち上がる青年に、少年は口の中の物を飲み込むと、申し訳なさそうに呟いた。

「ごめんなさい……」
「?」

 青年は首を傾げる。
 どこに謝るところがあっただろうか。
 確かに行儀はあまりよいものではなかったが、少年の年を考えれば公式な場ならともかく家では別にかまわないだろう。
 心当たりのまったくない青年に、少年は言葉を続ける。

「うたがって、ごめんなさい」

 疑う?
 意味がわからず聞き返すと、少年は困ったように答えた。

「どく、はいってるかとおもった」

 青年は心当たりに激突した。
 あまりの衝撃に頭痛すら覚える。
 どく、つまり毒。
 こんな小さな少年が、料理=毒という公式を作ることは普通無い。
 いくら少年が元は孤児だとはいえ、食べ物が腐ってるか疑うことはあっても毒が入ってるなどと思わないだろう。
 少年に毒が入ってると思わせる、実際に毒をいれた人間がいるということ。
 その心当たりが、青年にはあった。
 むしろ、ありすぎた。
 そもそも、その心当たりには前科が山ほどありすぎて石を投げれば前科に当たるほどだ。
 しかも、実際その件で一度と言わず山ほど騒ぎも起こしている。
 最近では聞かなくなったのでてっきり止んだかと思えばどうも違ったらしい。
 つまり、それを止めたのではなく、ただ少年の警戒心が強くなって毒を避けるようになっただけだったのだ。
 青年はどうしていいかわからない気分になる。
 あの人は何度言えばいいんだと殺意すら覚えながら、それでも少年には微笑んだ。
 そして、優しく言い聞かせる。

「スペルビ、大丈夫よ」

 少年は、じっと不安げに青年を見た。
 それでも、青年は笑う。

「私は絶対に毒なんかいれたりしないわ。貴方のパパにももう毒をいれさせないから、安心して」

 その言葉に安心したかどうかはわからなかった。
 ただ、少年は頷いて食事を再開する。
 それを見届けながら、おかわりの用意をする為に青年は背を向けた。




























 次の日、また料理を前にして動かなくなった少年に、青年はまず先にスプーンで一口食べて見せた。
 驚く少年に、そっとスプーンですくい、目の前に差し出す。
 じっと、スプーンを見つめ、そして少年はぱくりと口に入れた。

「おいしい?」

 そう聞くと、少年は嬉しそうに頷いた。
 青年がスプーンを返すと、今度はためらいなく口にする。
 それから少年が、青年の料理を目の前にして動かなくなることはなくなった。 

「おいしい」




























「ルッスーリア!! スペルビが私の料理を食べてくれないんだ!!」
「……誰も毒入りの料理は食べたくないと思いますが……」
「何を言うんだ!! 毒なんて!!」
「……入ってないんですか?」
「ちゃんと致死量一歩手前に調合したぞ!!」
「…………私が作ります」
「だめだ!! これ以上お前ばかり懐かれたら俺の立場が無い!!」
「しかし……」
「お前の手からなら食べるのに俺の手からは食べてくれないんだぞ!!」
「……私のマネして懐柔しようとしても、やっぱり毒が入ってたらだまし討ちなんですよ……」
「わっ私は……スペルビのことを考えてだな……」
「信じて欲しいのか、疑ってほしいのかどっちなんですか……」


 自分だけを全面的に信じつつ、疑うことを忘れないようにいてほしい。
 けど、無理。 お義父さんから疑うことを、ルッスーリアから信じることを学ぶ。 
以降、ルッスーリアの手から直接でないとどんな料理も信じられなくなってる。




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