「私の愛しいスペルビだ」
眠る子供の髪を撫で、その人は言った。
膝の上の子供が起きないようにだろう、いつもならば誰の前でも絶やさない殺気を消している。
まるで表情が笑顔しかないかというほど笑う人だったが、その時の笑顔はいままで見たどの笑顔とも違う穏やかな笑み。
なぜか、人間のようだと思った。
そう、この人は人間だ。
しかし、子供に出会う前の彼はあまりにも人間離れしていた。
誰もが、鬼か悪魔が人形か、そう称するほど冷たい人であったというのに。
普段はそこまでではないが、それでも冷酷で非情なのは変わらない。
今の彼を見て、どうやって戦場での彼を思えるだろうか。
子供を愛しげに見やりながら、本当の父のように微笑んで見せる。
私は、嫉妬した。
「かわいいだろ?」
そう聞いてくるその人に素直に頷く。
子供は確かに愛らしかった。
その白い髪と白い手足、顔と、服の隙間からちらりと傷が見えるが、それもすぐに消えてしまうだろう。
顔立ちは子供ゆえに今はかわいいが、十数年もすれば美しいというに相応しい容姿になるのがわかる。
そこに、嫉妬した訳ではなかった。
ただ、彼が触れるという事実が。
眼差しを注がれるという事実が。
剣を手放し、殺気を消し、ただ愛されているという事実が。
羨ましくてたまらなかった。
私は、永遠にその位置にいくことも、そうやって愛されることもないだろう。
私にできることは彼の良い部下でいることだけ。
もしも、私が失敗をすれば、彼の逆鱗に触れれば、簡単に塵屑のごとく捨てられ、殺される。
しかし、子供は無条件に愛されるのだ。
その存在だけで、彼に愛される。
彼に、剣帝を捨てさせることができるのだ。
なんという、羨ましい存在か。
「私は子供の扱いを心得てなくてな、この前も殺しかけてしまった」
その話は聞いた。
完全な素人である子供を鍛えようとして殺しかけたという。
当たり前だ。
この人には手加減も容赦もない。
人を殺すことはできても、人を鍛えたり生かしたりすることのできない剣。
子供の回復力と、気絶が早くなければ、あるいはそこが戦場であれば本当に殺していただろう。
今、子供が生きていることは、そんな偶然が重なった奇跡にも近い。
「それなのに、この子はまだ私の膝で寝てくれる」
今の彼を冷酷な人間に誰が見ようか。
まさに、彼は父だった。
子供を思い、慈しむ父。
彼と子供が戸籍上親子になって1ヶ月も経っていないというのに。
「愛しいと、これほど思ったことはない」
さらりと手で髪を梳く。
子供が身をよじる。
穏やかな光景だった。
「本当は、傍において私が育てたいのだが」
忙しい身でなっと困ったように笑った。
そして、眠る子供を抱き上げ、私に差し出す。
「だから、お前に頼みたい」
彼は笑っていた。
眠る子供を差し出し、笑っている。
ずるい人。
私を信頼していることを見せて私が断れないようにしてる。
決して、裏切れないように、子供を害さないように。
私を、自分の、子供の味方にしたいと言っているのだ。
この敵だらけの人が、それでもかまわなかった人が、子供の為に味方がほしいと思っている。
私は子供を抱き上げた。
「わかりました」
腕の中、体温の高い子供は身をよじって薄く目を開いた。
小さな声。
不思議そうに見つめてくる子供に、私は笑いかける。
「初めまして、私はルッスーリア」
「る……?」
「ルッスでいいわ」
「る……す……?」
そうよっと私は答える。
「貴方の、味方よ」
夢うつつの中、子供は安心したように笑った。
そう、私は、この子の味方。
彼のように、彼の変わりに、この子を愛し、慈しみ、育む存在となることに決めた。
まるで、親のように、兄弟のように、この子を守ろうと。
今、この瞬間、この子を家族のように、思うことに決めた。
「るっす」
子供が安心して目を閉じる。
私はその髪を何度も撫でた。
よろしく、すぺるび。
そう、眠りに落ちる子供にささやいた。
「ところで、ルッスーリア」
「はい?」
「私はこれから少し長い期間遠くにいかなくてはいけない」
「あ、はい」
「その間も、お前にスペルビを頼みたい」
「ええ、勿論です」
「優しくしてやってほしい、大事な子だから……ただ」
「ただ?」
「俺よりスペルビを懐かせたら殺す」
「あ……あのね、スペルビ」
「なに、るっす」
「……私とパパ、どっちが好き?」
「…………ぱぱ?」
「えーっと……違うわ……その、テュール様は……」
「ししょう?」
「そう、師匠と私、どっちが好き?」
「んー……るっす!」
「ええ!? ちょっちょっと待ってスペルビ、よく考えて!!」
「だって、るっすのほうがやさしいし……いっしょにねてくれるし、ごはんもおいしいし……るっすがすき」
「………!?!?!?」
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