お義父さんと一緒



 血まみれの子供を見下ろす。
 そこで、気づく。
 しまった、子供とはこんな脆い物だったのかと。
 返り血に塗れた頬を拭い、俺は呼びかけてみた。
 死んでいたらどうしよう。
 心臓がぎゅうっと潰れそうな感覚。
 さっきまでの高揚感が覚めていく。
 悪い癖が出た。
 これほど焦ったのは初めてだった。
 何度も何度も呼びかけ、ゆする。
 しかし、反応どころか、どくどくと流れつづける血すら止まらない。
 わからない。
 今まで殺したことしかなかった。
 殺す以外のことを知らなかった。
 応急手当くらいならば心得ていたが、そんなもの気休めにしかならないのは見てわかる。
 白い髪が、肌が、赤く染まっていく。
 初めて知ってしまった。
 子供を抱き上げる。
 まだ温かい、大丈夫だ。
 大丈夫、死んでいない。
 死んでいない死んでいない死んでいない。
 死ぬはずがない。
 死んでいない死んでいない死んでいない。
 殺していない。
 殺している筈がない。
 だって、これは、これは、俺の息子だ。
 まだなってから一週間も経っていないけれど。
 俺の息子だ。
 死ぬ筈がない。
 きっと、すぐに目を開けるだろう。
 あの白いぎらぎらとした瞳で、俺を睨むだろう。
 小さな唇で俺を父と呼ばず師匠と。
















「あっ」
















 絶叫が、辺りに響いた。

















「すぴるべええええええええ!!」

 少年が目覚めた時、自分は体中に包帯を巻かれ、男の腕の中にいた。
 周りには白衣と黒スーツの男達が周りを取り囲み自分達を見ている。
 男は泣きそうな顔で笑っていた。
 涙は出ていない。
 ただ、片腕だけで傷口を圧迫し、骨を折るのかと思うほどの力で少年を抱きしめている。
 そして、同時に殺気を放ち、周りの男達を警戒していた。
 まるで、手負いの獣のような光景だったが、怪我をしているのは少年で、その怪我をさせたのは紛れもなく男手あるにも関わらず。

「だから、テュール様、聞いてください!!
 確かにその子供の怪我はひどいものでしたが、それは見かけだけで深くありませんでした。意識を失っていたのも転んで頭を打っただけです。大丈夫ですから!!」
「出血は派手でしたが、子供にとってはたいしたことではありません!!」
「手加減ができなかったのはわかりますから、とにかく落ち着いて」
「いくら治療を施したとはいえ、子供をベットからさらってどうする気ですか!!」

 黒スーツの一人が必死に男、テュールを説得する。
 しかし、テュールは近づけば殺すとでもいうような雰囲気でもって拒む。
 普通ならば、片腕の、しかも子供を抱えた男に何ができるかと思うが、テュールは今は剣を手放しているとはいえ剣帝であり、独立暗殺部隊のボスであった。
 恐らく、子供を抱えたままでも人を数人殺すくらいは可能だろう。
 その証拠に、実はここまでに数人の男をなぎ倒し、打ち倒しているのだ。

「子供の回復力ならすぐに直ります、しかし、より早く直す為にもこちらに子供をお渡しください!!」
「テュール様、どうどう!」
「貴方が悪い訳でもございません!!」
「怖くないですよー、安全ですよー」
「ほら、テュール様ー」
「おお、少年起きたか!!」
「早くテュール様を説得してください」

 子供が事態を把握できず目を白黒させる中、黒スーツの男達の中から、ゆっくりと初老の男が現れた。
 穏やかなのにどこか人を圧倒するその存在感で、テュールと男に向かって。
 殺気にも構わず一歩踏み出し、少年の名を呼んだ。
 優しい、声。

「スペルビ」

 少年は、小さく声を漏らす。
 そして、するりっとその腕を抜けた。
 テュールも声をもらす。
 同時に腕を伸ばすが、それより早く少年は駆け出す。
 包帯だらけの体を跳ねるように動かし、両腕を広げた。
 初老の男も、笑いながら両腕を開いた。
 そこに、飛び込む。

「すぴるべえええええええ!!」

 テュールの声を背に、少年はにこりと笑う。
 そして、初老の男の胸に顔を埋めた。
 小さな手が必死にその服を掴む。

「ぼす」
「怪我は大丈夫かい」
「はい!」
「それはよかった、心配したよ」

 その長い髪を撫でれば、悲鳴にも似た絶叫が響いた。

「くおおおのひじいいあああああ!!」

 熊でも一睨みで殺せそうな眼光。
 さっきとは比較にならないほどの殺気が溢れ、少年は小さく震える。
 周りにいる男達は死人が出る、そう確信した。
 しかし、初老の男だけは落ち着いている。
 落ち着いた瞳で睨み付けるテュールを真正面から受け止めた。
 そして、いまだ呪詛にも似たこの世の言語ではない言葉を叫び続けるテュールに告げる。

「テュール、落ち着きなさい。スペルビは大丈夫だ」

 ぴたりっと、殺気がやむ。
 視線が、少年へと向いた。
 少年は、怯えながらもいつもの瞳でテュールを見ていた。

「ほら、スペルビ、テュールに大丈夫だと言ってあげなさい」

 呼びかけに少年は答えた。

「ししょう」

 テュールはじっと、ただ見ている。

「おれ、だいじょうぶ」

 そして、一瞬だった。
 一瞬で初老の男から少年を奪うと抱き上げる。
 少年が驚くよりも早く、その小さな頭に顔を埋め、安堵の息を漏らした。

「よかった……」

 少年の温かさと鼓動を確認し、笑う。
 それを初老の男は確認すると何度も頷く。
 穏やかな雰囲気に、医者が恐る恐る逃げ腰で声をかけた。

「ああ、すまない」

 ずれた包帯を少し直しながら、テュールは少年の髪を撫でる。

「私がベットまで運んでいいかね?」
「もっもちろんです!!」

 歓喜の声をあげた医者はとっときの笑顔で答える。
 黒スーツの男も安堵の表情をそれぞれ浮かべ、散っていく。
 時折、誰かが床に倒れている仲間を引きずって運んぶのが見えた。

「けり倒してしまった者にはすまないと言ってくれるか」
「はい」

 近くにいた黒服が返事をすると歩き出す。

「スペルビ」
「?」
「今度からきちんと手加減する」
「うん」

 


















「テュール様があの子供を抱えたまま逃亡したぞー!!」
「またか!?」
「今度は治療中にやったから血の痕を追え!!」
「9代目にお伝えした方がよろしいでしょうか?」
「いや、もう5度目だ、お手を煩わせるな!」
「ルッスーリアは!?」
「今いった!!」
「いつになったら手加減を覚えるんだあの人はー!!」





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