王蟲とお義父さんの暴走には気をつけようね



 銃を突きつけた2人の男が吹っ飛んだと思った瞬間、白刃と共に白い嵐がそこに顕現した。
 誰もが画面に釘付けになっていた一瞬を狙ってのできごと。
 それにいち早く気づいたのは、やはりというべきか、アルコバレーノの2人とそのすぐ横に立っていたキャッバローネのボスだった。
 車椅子の後ろのいきなり現れた白い嵐に、突きつけられていた銃は消えたものの、いまだ車椅子に縛られた主が痛む体を振り向かせればそこには何もおらず、一瞬のうちのキャッバネーロのボスの上に白刃が振り下ろされていた。
 反射的でなければ危うかったのだろう、白刃を持っていたムチで受け止めバックステップ。
 睨み付ければ、漆黒の闇に睨み返され背筋に震えが走った。

「はや」

 い、という前に白刃が加速。
 アルコバレーの2人が銃を抜くと同時に医者が目を見開く。
 一瞬送れて少年が自らの得物に手を伸ばしたと同時に白い嵐は上に飛んでいた。
 審判たる少女が口を開いた。
 そこからは驚愕の声。

「まさか……なぜここに……?」

 視線で追うよりも早く感覚が異常と危機を伝える。
 放たれた銃弾が金属にぶつかる音。
 加速は止まらない。
 白い嵐は風を巻き上げるような錯覚を見ているもの全てに与えながら、冷静に自分を狙う銃口を見た。
 アルコバレーノの2人が珍しく戸惑ったような顔で目を見合わせる。
 すると、自分たちのボスの異変に気づいた部下たちが慌てて銃を手に走ってきた。
 それでも、白い嵐は止まらない。
 放たれた銃弾をその白刃で弾き飛ばし、もう一度、キャッバローネのボスへと向かっていく。
 自分も攻撃に加わるべきか迷う少年に、医者は手で制して白い嵐を睨みつける。
 車椅子の主が苦痛に顔を歪めながら小さく口を嫌そうに開いた。
 そう、それは低い、あまりにもにごった声。
















「テュール」
















 忌々しいとでも言うように医者と車椅子の主は同じ顔をした。
 白い嵐の動きが止まる。
 ただ、その左手だけが止まらない。

「やあ、久しぶりだね、スクアーロ」
「うお!!」

 医者が悲鳴をあげてその場から逃げる。
 見れば、医者いた位置には肉厚なナイフが突き刺さっていた。

「あっあぶねえだろ!!」
「……なんのつもりだ、テュール」

 アルコバレーノの一人が口を開けば、白い嵐は自らの中で唯一黒い瞳を細めて答えた。

「親としての務めを全うしにきただけだよ?」
 晴れやかな笑顔。 「親?」
「……あいつは、スクアーロの親父だ、義理だけどな」

 少年の声に、医者が答えた。
 その答えにその場の数人が驚いてテュールと呼ばれた嵐を見る。
 まるでいるのが当たり前のように微笑む男は、年の頃なら20代後半、あるいは30代前半といったところだろうか、染めた感のない自然な白い髪と、白い服、抜けるような白い肌の中で唯一黒い瞳を持つ、ひどく美しい男だった。
 よく見れば片腕がないのか左腕があるはずの袖はひらひらと風にもてあそばれている。

「親……?」

 少年の疑うまなざしに、医者は目をそらす。

「俺も信じられんが、そうだ。化け物だから気にすんな。
 それよりも、自分の身の安全考えとけ、あいつは見かけによらずかなり凶暴だから油断すると首とか飛ばされるからな」

 いつもの暢気さのない医者の真剣な声に、少年は気を引き締めて白い嵐を見る。
 とても凶暴な人間には見えない。
 むしろ、笑顔と美貌が合わさり、穏やかな、優しそうな人間にも少年には見える。

「……なぜ、貴方が?」

 審判たる少女が同じ問いを繰り返す。
 常に無表情だったその顔には、不審さと微かな恐怖が混じっている。
 間違いなく、この場の中心はテュールだった。
 画面の向こうの勝負も気になるが、なによりも、テュールが目を惹く。

「それには答えた筈だが?」

 もう一度同じことを繰り返す気がないとでも言うような口ぶりに、少女は声を少しだけ荒げた。

「貴方はイタリアから動けない筈です、それなのに……」
「……だから、言っただろ。親の務めをはたにしきたと。
 息子の危機という情報を聞いてね、心配だからきてみれば息子が銃を突きつけられている。どう見ても助けるべきだろう?」
「何が親だぁ……」

 悪態をつきたいらしいが、傷が痛むのかすぐさま口が閉じられる。
 ただ、睨みつける視線だけが忌々しいものを含んでいた。
 そんな視線に怯むどころか、更に笑みを濃くして車椅子の前まで歩く。
 すると、ちょうど車椅子の主と画面をふさぐような形になった。

「かわいいかわいいスクアーロ、私はお前の親だよ?」

 そう言って、その包帯にまみれた輪郭を撫でる。

「さて、イタリアに帰ろうか」
「誰が帰るかぁ!! つーかどけ!! ボスがみえねーだろ!!」
「見る必要なんてないよ」

 瞬間、白刃がもう一度空を切る。
 それは、アルコバレーノの片割れが放った弾だった。
 同時にはっと正気を取り戻したように部下たちや、他の人間も武器をかまえて包囲する。
 しかし、一切、テュールは揺れはしない。
 ただ、その瞳は車椅子の主にのみ注がれる。

「……テュール、残念ながらまだお前にスクアーロを持って貸せる訳にはいかねえ」

 アルコバレーノの告げる言葉も、耳に入っていないかのように黙殺された。

「お前をこんな目に合わせたクソガキなんて、見る必要はない」
「ボスは悪くねえ、これは俺の問題だぁ」

 無言のまま、テュールは車椅子の主の肩に手をかける。
 激痛に襲われた主は、必死に悲鳴を押し殺してうめいた。

「スクアーロ、帰るよ」

 あまりにも優しいというのに、空間が凍りつくような鋭さを持つ声。
 止めようと引き金を引くものの動きさえ固める。
 はっと気づけば、その場に充満する殺気が息もできないほど濃くなっていた。
 初めて受けるだろうあまりの恐怖に、少年は足を震わせ、目じりには涙が浮かんでいる。

「テュールッ!!」

 唯一動けたのは、医者だけだった。
 医者が声を荒げると、そこで初めて視線が動く。
 底のない穴のような空虚な瞳が、医者を映す。
 そこで、初めて気づくのは、ここにいるのが人間ではなく、人間の形をしたなにかだということ。
 その美しい皮の一枚下には、信じられない化け物が潜んでいるのだ。
 
「シャマル、私は怒っているんだよ?」

 んなもん知ってると、医者は口の中で呟いた。
 それでも、一歩踏み出し、テュールの行動を引き付ける。

「まだ、そいつの仕事は終わってない」
「終わったとか、終わってないとか、関係ないだろ?」

 冷や汗がたれるのがわかった。
 足も震え、息も苦しい。
 本当なら、こんなところになどいたくない。

「邪魔をすると、殺すよ、シャマル。お前も、お前の弟子も、ここにいるやつらも」
「……まず、落ち着け」
「私は冷静だよ、この上なくね」
「んな訳ねえだろ、俺にそんな口調で喋ってる時点でおかしい」
「息子を傷つけられておかしくならない親などいないよ」
「……散々、その息子を傷つけてた人間のいうことじゃねえぜ」

 時間稼ぎにもならない。医者はそう心の中で呟いた。
 恐らく、こんな会話に意味がないことをテュールは気がついているだろう。
 いくらキレていても、腐っても相手は剣帝だった。
 少しづつ注意は医者から、周囲、そして車椅子の主へと向かっていく。
 ちらりとアルコバレーノの方を見れば、無表情を少し難しいものへと変えていた。

「――っ!」

 更なる時間稼ぎに、医者が口を開きかけた時だった。
 いきなりがくりとテュールの体が揺れる。
 倒れたり、うずくまりはしなかったが、明らかにおかしい動きに、全員が目を見開く。
 すると、沈黙をまもっていた少女が近づく。

「テュール様、やはりお体が……」

 テュールは何も言わなかった。
 ただ、何かを待つように少女を睨む。

「……わかりました。主より通信、治療するそうです」
「スクアーロの回収は」
「しないでいただきたいそうです」
「無理にでもしたら?」
「雨の守護者を呼びます」

 一瞬、迷うようなそぶりの後、テュールは立ち上がる。
 振り返り、ひどく寂しそうに、悲しそうに笑って見せた。
 その笑みは、誰の胸さえうつほど、切ない。

「……明日には、迎えにくる」
「くんなぁ……」

 返事を聞くと同時、飛び上がり、そしてどこから取り出したのか、ナイフを医者の足元へともう一度投げつけた。
 今度のナイフは小ぶりで、医者を狙ったものではない。
 ただからんっと乾いた音をたてて地面に転がった。
 追いかけようとする部下より早くその身が闇へと消える。
 指示を仰ぐ部下に、キャッバローネのボスは制止の声をあげる。























「……たす」























 医者が、がくっと足を崩す。
 むしろ、倒れそうな勢いで崩れ落ちた。

「たすかったあああぁぁぁ……」

 ため息と共に、空気が弛緩する。
 テュールという嵐はあっという間に場をかき回し、あっという間にさっていった。
 ふと、画面に目を移せば、勝負はクライマックスへと突入していく。
 慣れているのか、はたまたもっと大事なものだと選択されたのか、車椅子の主は画面に視線を釘付けにしている。
 ナイフを拾った医者も、自分の弟子の行方を見守りはじめた。
 状況に慣れていない他のものたちもしばらく呆然としていたが、持ち場へと戻っていく。
 驚いたことに、あの騒動の中で死人もけが人もいない。
 ただ、本当にその場を騒然とさせただけ。

「……まったく、嵐の守護者だよ。あいつは……」


 剣帝大暴走。
 息子が虐げられてるのに、剣帝がでない訳がございません。















舞台裏
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