ちりちりと、炎が舞う。
赤い、美しい炎だった。
残酷で、意思のない炎は白い肌の上を侵すように覆い、焼いていく。
赤く焼け爛れた火傷を更に焼き、溢れる血すら余さず焦がした。
溢れるように炎が空気のを食らう。
そして、彼を焼いていく。
じわりじわりと熱を持った肌の上、うなじの少し下、服を着てしまえば隠れる場所から、炎は噴出していた。
真っ黒な焦げ痕で\の文字が刻まれている、その刻印から。
炎を噴出しては皮膚を焼く。
「フィアンメオ・インペンニョ、っていうんだぜ、コレ」
尋常ではない痛みが襲っているだろうに、彼はそう言って微笑んだ。
「効果は見ての通り、一定の条件を破った人間を炎で焼く。3代目のドン・ボンゴレの技らしいぜ」
くすりっと、なんでもないことのように。
「そいつの時はこんなに弱火でレアじゃなくて。強火で一気にウェルダンだったらしいけどな」
ゆっくりと、首だけで彼は振り返る。
本来ならば、動くことすらできない状態だというのに、彼はそこに堂々と立っていた。
初めから、そうデザインされた彫刻のように。
「初めて見た感想は?」
「気持ちわりい」
その言葉に答えたのは、顔をゆがめた白衣の男だった。
男はそのじくじくといまだ生々しい火傷の痕を嫌そうに見つめる。
その手には、治療のためだろう薬のようなものと薄手の手袋が握られていた。
「焼印から噴出す炎が治ったとこも治らないところも焼いてやがる。絶対こりゃ痕に残るぞ」
「残らねえよ」
彼はきっぱりと呟いた。
その言葉に反応するように、噴出した小さな炎が赤く赤く空気を焼く。
「そういう炎だ」
男は近づいて火傷を見つめる。
炎が舞う限り、決して癒えることのないその背は、近づくだけで微かに熱い。
「よくもまあ、こんなエグいことやるなあ……」
呟きながら薄手の手袋を装着する。
すると、くくっと彼は声をもらして笑った。
それに反応するように、炎がごうっと噴出す。
「美しいと、言われたことがあるぜ」
誰に、とは男は聞かなかった。
てきぱきと何かの用意をする男はただ、話を聞く。
「霧の奴には、まるで蝶みたいだって」
その言葉に、男は改めて火傷を見直した。
肩甲骨から背を焼く炎。
それは、すでに腰の辺りにまで伸びている。
確かに、見ようによっては蝶の羽のように見えなくもなかった。
白い肌の上、赤い羽根を大きく広げた蝶。
しかし、その羽は生々しい肉の色であり、焼け爛れた皮膚。
美しいとは言えない、言いたくないと男は思う。
「晴れの奴は翼みてえだってな」
ごうっと、肌が焼かれる。
笑うことなど、本来はできないほどの激痛だろうに、男は笑ってみせる。
それしかできないかのように。
悪趣味だと、男は心の中でつぶやいた。
一思いに殺すのではなく、蝕むように、思い知らせるように苦しめ続けるなど。
「治療始めるぞ」
それが、例え慈悲や優しさであっても悪趣味だと。
「男はしねえんじゃねえか?」
「お前にはいまさらだろ」
とりあえず椅子に座らせようと促せば一瞬だけ、苦い雰囲気が漂う。
珍しいその躊躇いに声をかければふらりっと座る。
「どうした」
「……なんでも、ない」
しかし、医者は気づいた。
座れば、立てないかもしれないと一瞬でも思ったのだろう。
弱音を吐かない、常に雄雄しくも強い男が、そう思った。
平気そうに見えて、本当は痛いのだ。ただ、人よりも耐えられるだけ。それだけなのだ。
いや、痛いなどですむレベルではないだろう。この男でなければ泣き叫び、殺してくれと叫ぶほどだ。
医者は間近で診て確信する。
昔、彼から痛みには強い、その気になれば一時的に痛みをある程度遮断することもできると聞いていた。
しかし、そんなものでは、すむものでは、ない。
悪趣味という範囲は、すでに超えていた。
コレをつけた主はそのことを知っていたのだろうか。知っていて、つけたのだろうか。
医者の頭に、穏やかな声と笑みが浮かぶ。
どうか、知らないでほしいと思う。
知っていてつけたなら、医者は――。
「ひでえ……」
「そうか」
「そうかじゃねえよ、医者として言うけどな、これで平気そうなお前が信じられん。化け物め」
平気な訳がない。
なぜなら、少しづつ、男の口数は少なくなっていた。
うなじを、決して炎の熱さだけではない汗が滲んでいる。
コレを間近で見れば、さっきまでの勢いすら虚勢に見えた。
「こんなんでよくイタリアからこれたな」
「っ、こっちくるまでは、ひどくなかったんだよ」
「……」
「おいぼれがゴーラの中だったから、せいぜいちょっと熱いくらいだ」
「それにしては、元気に暴れてやがったな」
「おいぼれが死にかけてたから、あの時は弱まってた……どうも、あのクソガキと家光のとこのガキの力に引かれて一命をとりとめやがったらしい。
……やっとあのおいぼれとおさばらできると思ったのによ、残念だぜ」
「口が過ぎるぞ」
そう言いながら、ひたりとその火傷に触れる。
微かな反応。
決して、弱音も大げさな悲鳴もない。ただ、肺から微かな空気が漏れる気配。
手袋ごしに熱い炎の温度を感じながら医者はごく小さく火傷に触れる。
ごうっと、その動きを止めるように炎が舞った。
しかし、手袋は燃えない。
「お前の着てた服と同じ、特別製だ」
聞かれる前に答えれば、知っているとでも言う様な雰囲気で返された。
手袋は半永久的に生々しい火傷を辿る。
しかし、その指先には血の一滴も付着しない。
医者は程度を確かめると治療用具らしい薬瓶を開けた。
「とりあえず、コレぬりゃしばらくはおさまる」
「……なんだ、ソレ」
見知らぬ匂いに、警戒したようにその肩に力が入った。
「毒じゃねえよ。
お前の方がよく知ってるだろ。ボンゴレの開発班のやつ等が炎を抑える方法を模索してるっつーのは」
副産物だと、瓶から赤い液体を取り出す。
手袋ごしに、さっきとは逆の冷たさが広がった。
それを背中に塗る瞬間だけ、温度差のせいかその背中が震える。
なぜか、少々いけないことをしている気分に医者はなったが、治療だと首を振った。
そもそも、この男相手にいやらしいこともなにもない。
「ほう……」
感心するような声。
燃え盛る炎が弱まる。
未だにその火傷は治る気配はないが、肌を侵食することはない。
「うわ、まじで効いた」
「効くだろ、8年前ですら効いたんだからよ。進歩してて当然だろ?」
急に、声に強さが戻ったような気がした。
炎が弱まったとはいえ、激痛は続いているだろうというのに。
先ほどの弱さなど、なかったかのようだった。
いや、弱ってなどいなかった。
ただ、一度も、一瞬も、弱くなどはない。そこにいるのは、剣帝だった。
傷を負おうとも、
特殊な材質でできた包帯も巻く。
抵抗されるかと思えば簡単に治療を終え、医者は拍子抜けした。
「……で、お前今日のこと――」
「いい」
制止の声。
包帯を巻き終わったことを確認すると立ち上がる。
「だいたい想像できてる、どうせ、あのクソガキじゃ無理だったんだろ。たく、無駄なことばっかしやがる」
「……お前、もしかしてXUNXASの出自を……」
「さあな」
手近の服を羽織り、いつもどおり笑う。
「俺は、スクアーロさえよければそれでいい」
それだけだっと。
黒い瞳を細める。
「てめえはどう動く、シャマル?」
「お前は?」
「決まってる」
白いコートを羽織る。
まるで、王者のように威風堂々と立つ。
ああ、そうか、これが剣帝か。男は思いだす。
忘れていた訳ではなかったのに、思い出す。
そう、残酷で理不尽で、あまりにも自由。思うがまま動き、子どものように見せ付ける。
「俺は俺の思うまま、スクアーロの幸せのままに動くに決まってんだろ。
それが、誰にとって、不幸だろうが、な」
たとえ、それが、幸せを願う本人にとって不幸にであっても。
Copyright(c) 2007 all rights reserved.