いちばん



 明日はデートなの。
 そう機嫌よく声を弾ませれば、白い子供は悲しそうな顔をした。
 拗ねたような、いじけたような表情に、どうしたのっと聞けば答えない。
 ただ、ふいっと視線をそらして唇を尖らせた。
 こんな風に白い子供が青年に対して理由のわからない不満や不機嫌を表すのは珍しいことだ。
 いつもは、簡単な、例えば彼の血の繋がらぬ父のことだとか、御曹司のことだとかそんな理由をもっている。
 しかし、その日は違った。
 いくら聞いても、白い子供は答えない。
 ただ、不機嫌そうに。
 不満げな瞳で納得できないと訴える。

「……スペルビ、言わないとわからないわよ?」

 普段であれば言わなくてもいいことまで素直に口にするというのに、その日の白い子供の口は貝のように堅い。
 それでも、どこかに行くことはないので、嫌われたということはないだろう。そう青年は判断し、聞くよりもむしろなだめる様な口調で話し掛けた。

「それとも、私とは話もしたくないの?」

 その言葉に、ばつが悪そうに白い子供は顔をあげた。
 瞳にはまだ不満の色があり、表情も不機嫌なままだったが、小さく、小さく口を開く。

「ルッスは」
「私は?」
「師匠のこと、好きだよな?」

 一瞬、びくりっと驚いた。
 青年はその言葉を咄嗟に否定できない。しかし、同時に肯定もできなかった。
 そう、青年は、師匠こと、白い子供の血の繋がらぬ父が好きだ。
 恐らく、男相手のみで言えば青年の初恋だとも言えよう。なぜなら、青年がそちらの道に目覚めたきっかけは彼を好きだと自覚したせいでもある。
 その気持ちを、おそらく、いや、確実に相手は知っている。知っていて、しかも利用しているのを知っていた。決して答えてもらえる気持ちであるが、それにはもう整理はとっくの昔についているし、嘆くことでもないと思っている。青年にとって彼の心の位置はもっと別の、そう、大切な尊いものだった。
 今ではきちんと恋人とも言える相手もいるし、彼以外にも恋はした。
 だから、決して怯むことではない。
 だが、それが目の前の白い子供にバレているとはまったくの予想外の出来事。
 普段なら揺らがない視線が泳ぐ。
 それは、肯定したも同じだった。

「好きだよな?」
「……ええ、好きよ」

 できるだけ、落ち着いた口調で青年は答えた。
 それでも、何か言い訳をしたがっている口を抑えて次の言葉を待つ。
 そうすれば、白い子供はうかがうように問い掛けた。

「……じゃあさ、明日デートするやつと師匠、どっちが好き?」

 比べるまでもないと、青年は思う。
 即答してもいい。それは彼だ。今の恋人などまったく問題なく、いや、今までの恋人も、これからの恋人も等しく全て彼の存在に適う筈がない。
 それは、あまりにも不動で確かなことだった。
 彼の為ならばその恋人を、他の誰かを殺しても惜しくはまったくないし、彼の命令ならば微塵の後悔も躊躇いもなく死ねる。
 彼とは、そういう存在なのだ。
 存在するランクが違う。

「テュール様よ」

 そう答えれば白い子供の顔は一気に輝いた。
 嬉しくて嬉しくてたまらないという表情でだよなっと何度も呟く。
 そのあまりのはしゃぎように青年は首を傾げた。

「だよな、ルッスは師匠が一番だよな」

 確認するように口にして、無邪気に少年は笑った。 

「そうじゃないと、おかしい」

 おかしいと、白い子供は言う。

「ルッスは師匠が一番で、好きで、好きで、師匠の為なら人も殺せて、師匠の為なら自分も殺して、師匠が絶対で、きっと、師匠が本当に望むなら、俺も御曹司も9代目も殺せるし、裏切れる。でも、師匠は絶対裏切れない。誰だってルッスの一番になれない。誰だって、ルッスの中で師匠以上にはなれない。
 だって、ルッスは師匠を愛してるから」

 何の淀みもない声だった。
 断定する口調は、全てを読み取っているようで、白い子供を何か違うものに見せた。
 そう、今目の前にいるのは、白い子供ではなく、青年の心を語る何かだった。

「そうじゃないと、おかしい」

 同意を求める言葉に、青年は思わず頷いた。
 自分の言葉が正しかったことがよほど嬉しいのか、にこにこと笑いながら白い子供は青年に抱きついた。
 そこに間違いはない。
 ただ、一つを除いては。

「でもね、スペルビ」
「?」
「一つだけ、間違ってるわ」

 青年は白い子供を抱き上げる。
 不安そうな表情へと戻ってしまった白い子供の長い髪を撫でて優しく囁いた。

「いくらテュール様の為でも、貴方を殺すことも、裏切ることもできないわ」

 白い子供は一瞬だけ、目を見開く。
 そして、もう一度笑った。
 青年の首に強く抱きつき、その耳に唇を寄せた。
 子供の手は、強く強く青年を抱きしめる。

「るっす」

 幼い声が鼓膜を揺らす。














「うそつき」














 その幼い唇から出たとは思えないほど、それは残酷な言葉。

「知ってるから」
「ルッスと俺は同じだって」
「俺だって、あの人が一番で、あの人の為なら誰だって殺せるし、死ねるから」
「その為に誰だって騙せるし、裏切れる」
「ルッスだって、一緒」

 青年は震える。
 腕の中の小さな子供はそれでも、笑う。

「そうね」

 観念したように、青年は肯定する。

「でもね、スペルビ、本当に一つだけ間違ってるわ」




























「テュール様の為なら、テュール様を裏切ることも私は厭わないのよ」
 



























 そう微笑む青年の顔は、白い子供の知らないものだった。
 それでも、白い子供は思う。
 ああ、これは青年の一番大事な笑顔なのだと。
 同時に、安心する。
 それが、当たり前だからだ。

「そっか」
「そうよ」

 白い子供はもう一度嬉しそうに青年に抱きついた。
 その顔には、もう不安も不満もなかった。

「明日のデートは早めに切り上げてスペルビにもお土産も買ってきてあげるわ。
 だって、一番はテュール様だけど、スペルビも二番目に好きだから」

 白い子供は、照れたように視線をそらす。
 ただ、待ってると、小さく呟いた。
 そして、自分も二番目に青年に好きだと、もう一度耳元に唇を近づけて囁いた。
 青年が嬉しそうに笑ったのを見て、白い子どもも、笑う。

「何かリクエストがあれば聞くわよ?」







































『ああ、もしもし、ルッスーリアかい?』
「はい」
『実は明日、急な任務が入ってね、休日のところ悪いけれど、これるかい?』
「ええ、勿論、テュール様、明日は暇ですから」
『すまないね』
「いいえ、これくらいテュール様の為なら」

 青年は電話を切ると小さくため息をつく。

「私って悪い女ね」

 手帳を取り出し、明日の予定の部分にバツをいれると、小さく微笑んだ。


 スクアーロとルッスーリアの似ている部分とその一番について。
 ルッスーリアとスクアーロはお互いのことが好きで、大事で、出来る限りのことはしてあげたいけれど、一番の人の為ならお互いためらいなく殺せるし、裏切れる。
 それと同時に、絶対裏切らないように見せかけて、その人の為ならその人を裏切ることすら躊躇わない。




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