お義父さんと一緒



「テュール」
「なんですか、ドン・ボンゴレ」

 彼は笑った。
 笑って、自分の上司である男を睨んでいた。
 そう、睨んでいる。
 下手をすれば今にも殺気とも言える剣呑な空気を撒き散らし笑っているのに睨んでいた。
 その右手には鞘に収まっているものの長大な刃が握られ、いつでも抜ける体勢で立っている。
 椅子に座るよう促されたが、笑顔で断る。
 そう、距離にして数歩。
 一瞬で斬りかかれる距離で。
 しかし、上司の顔は穏やかだった。
 殺気など距離などまったく気にしていない顔で言いづらそうに呟く。

「お前は今、その、特定の女性はいたりするのか?」

 上司の言葉に、彼は首を傾げる。
 何を言われるかと思えば、遠まわしに恋人の有無を聞いているようだ。

「いませんよ?」

 不思議そうに薄いヒゲを撫でる。
 すると上司は更に言いにくそうに口を開いた。

「養子を、とってみないか?」

 養子。
 その言葉が彼の頭に伝わった時いくつもの疑問が浮かぶ。
 いまいちピンとこない彼に、上司は説明しだす。

「実は、最近一人子供を拾ったんだが、戸籍がなくてな」
「はあ」

 上司が子供を拾うというのは少し珍しいことだが、戸籍のない子供など珍しくもない彼は驚かない。
 たぶん、最近(といっても実は数年前なのだが)生まれたという子供とダブったのだろう。
 そう結論付けて相槌を打った。

「戸籍はどうにもなるんだが、その子を息子の傍につけたいと思う」

 そこで、彼は悟った。
 なるほど、つまり、どこの馬の骨ともわからぬ子供を拾ってきた、息子につけたい。
 しかし、しかしだ。上司の息子というのは仮にも御曹司、そして、次期ボスである。
 もしも御曹司の近くに子供をつければ、嫉妬や憎悪、危険が渦巻くことは必死。
 なんと言っても、ただの子供だ。
 どこかの名のある人間の子供でも、どこぞの有名な殺し屋の子供でもないだろう。
 ひどいことも言われるだろう。暴力だって当たり前に振るわれるだろう。殺されるかもしれない。
 特に、時期ボスの息子に自分の子供を近づけたい人間にとっては目の上のたんこぶ。
 そう、誰もがこぞって様様な理由でその子供を潰そうとする筈だ。
 それを避ける為に、彼のネームバリューを使いたいと言うのだと理解する。
 彼のネームバリューそれは、剣帝。独立暗殺部隊のボス。最強の剣士。元、守護者。
 その名を聞いて、その姿を見て怯えないものの方が少ない。
 そんな彼が背後にいるとなれば子供に手を出すバカはいなくなる。
 そして、彼には子供を養子にしても邪魔や荷物になるような特定の女性はいない。
 これほどの好条件は中々いないだろう。

「できれば、ある程度鍛えてくれると嬉しい……いや、養子にするとまでいかなくとも、鍛えてくれれば……」

 納得した。
 納得した上で

「お断りします」

 はっきりと、彼は断る。
 上司は、やっぱりかっという顔で彼を見ていた。
 そして、ため息。

「一度、会ってからまた答えを聞きたい」
「……まあ、会うくらいなら……」

 どんな顔をしているかは興味があった。
 彼の上司が拾うのだ、どんな容姿をしているのかくらい興味がある。






















「スペルビ、おいで」

 次の日だった。
 彼はやはり、昨日と同じように殺気を放ち、笑いながら睨んでいた。
 距離をとり、椅子に座らず、片手には得物を持ち、待っている。
 そして、扉は開かれた。

「…………」

 白い、子供。
 彼の子供に対する第一印象はそれだった。
 よく見ると、彼の白髪とは違う、輝くような銀だったが、白い子供だと思った。
 なぜなら、その瞳も、肌も、着ている服すら彼と正反対に白かったからだ。
 真っ白な子供を見て、彼は震えた。
 子供が、妙にぎらぎらした瞳で、彼を見ている。
 衝撃だった。
 それは、彼が今まで体験したことのない衝動。
 初めて意識から彼は上司を外した。
 殺気が、霧散する。
 普段なら絶対に手放さない得物を投げ捨てた。
 そして、大股でずかずか子供に近づく。
 子供はあまりの迫力に怯えて逃げようとした。
 しかし、それを彼は許さず、子供の襟首をがしっと掴み、持ち上げる。
 子供は、嫌がってじたばた暴れた。

「……ドン・ボンゴレ」

 静かな声。
 持ち上げられてじたばたする子供を見つめながら、彼は口を開いた。
 振り向いた顔は、極上の笑顔。
 そう、一生に何度、彼がその心のからの笑みを浮かべるだろうか。

「コレ、もらっていいのか!! 俺の物にしていいのか!!」

 子供が、泣きそうにもかかわらず、宙吊りにされてもがいているにも関わらず嬉しそうにそう言った。
 それは、まるで子供が玩具を渡された時のような表情。
 上司は、ひどく後悔した瞳で彼を見る。
 しかし、彼はお構いなしだった。
 
「ぼすー!! ぼすー!!」

 怖がってもがく子供が悲鳴をあげる。
 宙吊りから右手での抱擁へと体勢を変えながら彼は子供に頬ずりしそうな勢いで「コレ、かわいい」と連呼していた。
 上司が頭痛を覚えたのか、頭を抑える。

「俺、コレ養子にするぞ!! 鍛えてもいい!! あー、むしろ閉じ込めておきてー!!」
「ぼすー!!」

 子供の声に涙が混じる。
 上司は慌てて立ち上がった。
 彼は、すでに子供を絞め殺しそうな力で抱きしめている。
 それから、20分以上の格闘を経て、子供は彼から引き剥がされた。

「今日から私がパパだよ」
「やだ!! ぼす!! やだ!! おれやだー!!」

 そう叫ぶ子供を見て、彼の上司は真剣に悩んだという。





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