神と人間の堕落
私とそいつ、どっちが大事なのよ。
「勿論、大事なのは君だ。けど、核爆弾を放置してデートできるほど俺は悪人じゃないんだ」
(シャマルが恋人と別れたときの前会話)
お医者様、背中の死体が重そうですね、私がもらってあげましょう。
そんなもの貴方が背負っていてもしょうがない。
だって、貴方は生きてるものを直すお医者様だから。
生き返らせもしない死体なんていらないでしょう。
私がもらってあげましょう。
あれあれお医者様、なぜ無視されるのですか。
ほら、そんな死体を背負っているから私からすら逃げられない。
おいていきなさいそんなもの。あの人は言ったでしょ、死んだら背負うなって。
お医者様、その人は死んでも背負うには重過ぎる。
いつか立てなくなってしまいますよ?
(テュールが死んだら、その死体を回収するのはシャマルの役目)
この家に、血の繋がった人間は一人もいない。
けれど、なんだかんだで3人はまるで外から見れば家族のようにそれなりに、干渉せず、過干渉しつつ過ごしていた。はっきりとした絆など存在しないというのに、それゆえに、繋がっていた。
その日まで。
「シャマルは、親父と二人っきりになったら嫌だろお?」
「すげえやだ」
「でもよお。俺さあ」
「言わなくても知ってる」
「……マジで?」
「行きたいなら行け。俺とお前は他人だ。応援はしねえけど、止めもしねえよ」
「いいのかあ?」
「知るか。俺は何も聞いてない。料理してるだけだ。俺の独り言に相槌打つな」
コンロの日を止め、フライパンからパスタを更に移す。
彼は一度も振り替えらなかった。
まるで、後ろには誰もいないとでも言うように。
「……いってきます」
一度も、彼は振り返られなかった。
ただ、小さく手を振った。
息子の門出を応援するように。
「スペルビ、どこやった」
「しらねーよ」
「スペルビ、スペルビ、スペルビー!!」
「とりあえず、飯食え、どうせ行くとこは一つしかないだろ」
「ま、そうだな」
そう言って、やっぱりこれまた誰とも血の繋がらない、ただし父親はパスタに口をつけた。
(嘘家族、3人)
世界を単純化する術を貴方は義父にならったはずなのに、なぜ複雑化してしまったのですか。
この世で貴方と主とその他だけだった頃、貴方はあんなに幸せだったのに。
もう複雑化した世界は単純化しないのです。カフェオレからミルクだけを取り除くことができないように。
貴方には捨てられないものが多くなりすぎた。
そうやって、幸せでなくなったくせに、以前よりもキレイに笑えるようになってしまってどうするのですか。
(不幸と見せかけて、そうでもなかった話)
「シャマル、考えてみたんだが」
「考えるな」
「………」
「………」
「シャマル、考えてみたんだが」
「考えるな」
「………」
「………」
「シャマル、考えてみたんだが」
「諦めろよ!!」
(人の言うことを聞かない剣帝)
何を思ったか、剣帝が差し出したのは剣でも凶器でもなく、ただの薔薇の花束だった。
目に痛いほどの赤の群れと匂いに彼は眩暈を起こす。
「なんだ、これ」
「やる」
どうでもよさそうに突き出された花束。
その向こうには白い美貌の持ち主が笑顔でたたずんでいた。
もしも、彼か、あるいは剣帝か、どちらかの性別が今と逆であれば喜んで、それこそ本当に飛び上がって受け取るのだが、残念なことにどちらも同性で、しかも彼は剣帝から物をもらっていい思い出がなかった為受け取りを全身で拒否。
しかし、剣帝はそこで引き下がらず花束を突きつける。
「やる」
「いらん」
「やるっつってんだろ?」
「受け取った瞬間変なガスとか出そうだろが、お前の花束」
「でない」
拗ねたような顔で、剣帝は言った。
別に、彼が受け取らないから拗ねたような顔をしたわけではない。
「あのクソガキに嫌がらせしてやろうと思ったら……スクアーロとイチャつきやがって……」
「あー、なるほど」
なんとなくその先がわかり、手で制する。
いつもは傍若無人な剣帝だったが、義理の息子の前ではそれも形無しらしい。
嫌がらせに使われずに済んだ美しい薔薇は、所在なさげに咲いていた。恐らく、ここで拒否すれば剣帝の八つ当たりに使われるだけだろう。
医者はしぶしぶ受け取って、どうするかと考えた。
すると、剣帝はじっと医者を見て、一言。
「似あわねー」
思ってても口にするなと医者は顔をひきつらせた。
(嫌がらせしようとしたら、逆にされた気分の剣帝様)
常々、化け物が死んだ方が世界は平和だと思っている医者であるが、一度だって、化け物を殺そうなんて思ったことはない。
死ねと思ったことは山ほど、いや、海ほどあるが、怒りならともかく、殺そうなどと明確な殺意を覚えた日はなかった。そう、今目の前で自分がその化け物の生殺与奪権を握っているときですら、殺そうなどと想像もしたことがなかった。
いや、どちらかと言えば想像できなかたとも言える。
長い間化け物に付き合っていた弊害だろうか、化け物が死ぬところは容易に想像できたとしても「殺される」ところをどうしても思い描くことができないのだ。特に、自分が殺すことなど、言われるまで気づきもしない。
だからこそ、今日も医者は簡単に化け物を殺すチャンスを逃した。
(想像力貧困の喜劇!)
つけあがるなよ。
お前が俺を傷つけることなんてないんだ。俺の体も心も魂だって何一つ、お前は傷つけるに至らないんだ。
俺をどうにかできるのはあの子だけだ。俺の全てはあの子のために、あの子のせいでどうにかなるんだ。
つけあがるなよ。
ついに頭がいったのか、そいつはそう言って俺の首を片手でギリギリ締めやがった。
そのままごきんっと骨でも折られるかと思えば、割合あっさり気絶する前に手が離される。こいつがなに考えてるのかさっぱりわからないものだから、俺はなにも聞かなかった。つーか、喉痛くてなんも言えないつーの。知りたくもない。
苦しいんでそのまま倒れたら、あいつが笑いながら冷たい目でじっとじっと見下ろしてた。
ぞっとするほど恐ろしい目。今すぐ逃げろと俺の警報がガンガン鳴り響いている。でも、今、俺、逃げられないんですけど? やばいやばいやばいやばい殺される。たぶん、こいつのことだから、じわじわじわじわじわじわじわじわいたぶって、苦しんで苦しんで、苦しみぬいたらやっと殺してもらえるかと思いきややっぱり殺してもらえずなんかある日気まぐれにころされるんだろうなっと。
うわ、超嫌だ。逃げたい。でも、逃げられない。
「飽きた」
ぽつりっと、呟いてあいつは背を向けた。拍子抜けする俺に、あいつは一切振り向かない。
何に飽きたのか。俺に飽きたとか、俺をいじめるのに飽きたとかならいいけれど、なんだか、すごい嫌な予感がする。
まあいいか命が助かったんだし。
ぼんやりそう考えて倒れていると、2分くらいでづかづかあいつが帰ってきやがった。おいおいおいおい。せめてもう少し休ませてください。
「色々考えたんだけどよ、シャマル」
「んだよ」
どうせ全然考えてないだろ。
「とりあえず、結婚でもしてみるか」
「お断りします」
やっぱり、なにも考えてなかった。
(人間らしくなって色々戸惑ってるテュルと、何もわかってないシャマルの話)
スクアーロはそれまで義父というものが存在した。
しかし、その義父すら急にいなくなってしまった。
理由は簡単、スクアーロ自身のせいだ。
スクアーロと、そして義父が同じことを願い、同じ目的の先に、義父は消えた。
それこそ、永遠に義父という存在はいなくなってしまったのだ。それを寂しいとはスクアーロはちっとも思わない。
元々義父とは義理であっても親子という感覚がとてつもなく薄かったし、義理という称号もほとんど名乗りの上だけのものでしかなった。
そんな関係であったから、恐らくスクアーロの義父という存在はいなくなったのだろう。
だから、変わらない。なにも、そう、何か一つ、二つ程度しか変わらないのだ。
スクアーロは、それをただ、少しわずらわしく思うだけ。
「う゛お゛ぉ゛い、親父!! 起きろお!! おきやがれこの野郎!!」
「起きてるよ」
「んなもん気配で知ってる!! 俺は起き上がれっつってんだああ!! 朝飯食え!!」
「ベッドで一緒にとろうか」
「ベッドが汚れるだろうがあ!! てめえクズボロボロ落とすだろ!! いくつだ!!」
「さあ? 30より先は数えてなくてね……わかった、起きるから、無視して部屋をでていかないでおくれ」
「とっととしろお!!」
「スクアーロがキスしてくれれば一発で起きるのにな」
「寝言は寝てから言いやがれえ!!」
「起きてるよ」
「………」
「だから、無視して出て行こうとしないでほしいね。私はこう見えてもお前との会話を楽しみたいのだから」
「クソ親父と喋る口はねえ!!」
怒鳴るスクアーロに、彼はふと、気づいたような顔をした。
「そうそう、その親父はもうやめなさいって言ってるだろ?」
「うるせえ、舌に馴染んでるんだよ」
「まったく、私のかわいい奥さんはいつになったら「あ・な・たv」って呼んでくれるのか……」
「一生こねえよ!!」
そうして、スクアーロは変わったことの一つとして「テュール」と名を呼び、嫌そうに顔を歪めながら、二つ目の変わったこととして彼の口付けを受け入れるのだった。
「とっとと食えよお、俺はボスに呼ばれてるんだからなあ」
彼は、そう聞いた瞬間、にっこり笑ってスクアーロとともにベットにダイヴした。
(人妻スクアーロ)
私の心臓はあの子だよ。
そう化け物があったので、「臓器は独立歩行できない」と言ってやった。
殺されかけたが、最高のジョークだと思ってる。
(たまには、シャマルがちょっとお義父さんより優位というか、お義父さんをからかう側もっと思って微妙に)
美しい化け物は言いました。
「二人の結婚を認めてもいいよ。ただし、最初の子どもは私がもらうからね?」
「でないと、認めない。
何をしても邪魔をする。私から逃げようが私を殺そうが私を無視しようが、私が認めなければどうなのか、スクアーロ、お前は一番わかっているよね?」
「大丈夫、誰にも気づかせないようにしてあげるから。これは私とお前とだけの約束だ。子どもは死んだことにすればいい。そういう工作は、ヴァリアーの誰一人にも気づかせない工作は得意だからね。
お前を失った私がお前に似た子どもを養子にとっても、誰も不思議には思わないさ。
あのクソガキと、家光のガキの超直感は厄介だけど、遠ざければいいさ。理由なんていくらでも用意できる」
だから、ちょうだい?
美しい化け物は美しく笑い、無邪気な子どものように囁いた。
化け物の娘は顔を歪めて、歪めて、薬指を見下ろす。
「……俺に似てねえかもしれねえぞお」
「いいや、似てるよ」
「なんでわかるんだあ」
「私には、わかる」
「化け物」
「違うだろ、スクアーロ。お前が呟く言葉はSi volentieriだろ?」
「………拒絶は、ねえってか?あ」
「するのかい?」
化け物の娘は、小さく小さく頷いた。
幸せになりたいと頷いた。
美しい化け物がやってくる。白い化け物がやってくる。
その前に、子どもは殺さなくてはいけなかった。
母親は、生まれたばかりの赤子の首に手をかける。小さな、脆い首だった。少し絞めれば、力を込めれば死んでしまう命。
産みたかった、育てて、愛して、慈しみたかった。けれど、それはできない。本来は、産み落とすこととて、なかったはずなのに。
ブルブルと震える手に、力が入らない。
この赤子の先を考えれば、ここで殺してあげなければいけなかった。そう、この赤子のためにも、化け物が迎えに来る前に、殺してあげなければいけない。
「うう……」
ガチガチと、食いしばったはずの歯が鳴る。これくらいの赤子とて、何度だって、何人だって、殺してきたはずなのに。
ああ、化け物が迎えに来てしまう。赤子を連れにきてしまう。それまでに、殺してあげなければいけないのに。
それなのに、赤子は温かかった。無邪気だった。母親を無条件に無邪気に信じきって、愛らしく眠っている。これから、母親に殺されるか、化け物に奪われるというのに、なんの不安もなくスヤスヤと。
「うううううう……」
いまだ名も無き赤子。
名をつけられることのない赤子。
父に抱かれることなく、化け物に食われる赤子。
「うううううううう……!」
母親は、泣きながら赤子を抱きしめた。
化け物の影は、すぐ扉の前に。
(かわいそうな話)
先代は、彼に悪魔の名でなく神の名を与えた。
それは正解で、この世界のどこを探しても、神以上に残虐に残酷に、そして大量に人を殺戮した存在はいない。
つまり、神の名を与えられた時点で、彼は悪魔などよりも残虐に残酷に、そして大量に、人を殺すことが決まっていた。
ただし、彼は神のように、きまぐれな救いは与えはしなかったけれど。
(どんな悪魔だって、神様よりは人を殺してない)
「昨日、息子とポッキーゲームできなかったからってわざわざ日本からポッキーを箱単位で大人買いした上に、貪り食ってたけど、途中で飽きたんで食べ物を粗末にするような遊びをしたり、息子の上司に嫌がらせでに送りつけたり、元部下に無理矢理食わせまくったり、あのでっけえ機械の腹にこっそり収納したり、俺にポッキーゲームを強制するのはやめろ。だから、ポッキーゲームは一本だけくわえるもんであって、俺に束でくわえさせようとするな、おかしいことになってるだろ、おかしいことに」
「説明ご苦労さん」
(ポッキーの日を逃した!!)
シャマルに何気なく撫でられると、俺は
「親父ってこんな感じなのか」
っと考えたことがある。
でも、次の瞬間、シャマルは首根っこ捕まれて、テュールに別の部屋に引きずりこまれたのを見届けてしまった。
それ以来、思うことすらやめておくことにする。
(テュルとシャマなら、シャマの方が父親っぽいと思います)
化け物に、一生そういうことには使わないだろうと確信していた器官を使われて、俺は死にたくなりました。
もう、怒りだとかなんだとか突き抜けるくらい体中が痛い。喋ることもできないし、動くこともできない。息をすることすら苦しい。本当は、俺はもう化け物に食い殺されてばらばらで、かろうじで生きてるんじゃないかってくらいだ。
どちくしょう。いたいけな10代になんてことを。吐き気がこみ上げる。水が飲みたい。シャワーあびてえ。死にたい。
「なんだ初めてだったのか」
とか、終ってからきょとんっとした顔しやがって。
初めてに決まってるだろ。お前のようなこんこんちきな生き方してないんだよ、こっちは。思考すらダルい。
つーか、うぎゃー、やめろー。俺の頭に水を注ぐな俺は植物じゃねえから、気遣いのつもりかー。やめろー。俺は顔を動かすことすらだるいんだ。湿った枕で窒息死する。うげえ。
「……こういうときはなんて言うんだっけ?」
聞くな。
だーかーらー、頭に水かけるな。水勿体無い。それ何本目だ。箱から新しいの取り出すな。その箱いつの間に持ってきた!!
もういい、もうどうにでもしてくれ。俺はこのままここで根を張って植物になる……。
「ああ」
思いついた顔すんな。どうせろくなことじゃないだろ。
「大丈夫、痛くしないから」
「そりゃ、前にいうごどばぁ!!」
俺、撃沈。
もう動けません。
(シャマテュ。シャマル10代)
愛されることは簡単で、愛することは難しかった。
ただし、本当に愛してほし相手に愛されることは、更に難しかった。
(化け物の生き方)
剣帝の秘密。
[数学ができない]
「……親父、学校いってねえから」
「……頭悪いけど、バカじゃないから、なあ……まあ、そういうこともあるだろ……」
「大丈夫です、テュール様!! できなくても生きていけますから!!」
(あんまり賢くない)
「どうして、愛されてるなんて勘違いができるんだろうね」
この世界に愛なんて、私がスペルビに注ぐもの以外は、全て枯渇してしまったんだよ?
(愛とは多大な勘違いである!)
手懐けなければのど笛噛み千切られる。
手懐けても、じわじわ嬲られる。
死んで地獄行きと生き地獄。
あなたはどちらがお好みですか?
まあ、あなたの意見なんて、まったく考慮されませんが。
(しょせんこの世は地獄なのか?)
大怪我をおったテュールをベッドに叩き込むのはいつだってシャマルの仕事だ。
なぜなら怪我を負ったテュールは手負いの獣などよりずっと恐ろしく、部下すらよせつけず、医者でも斬りつける問題を山ほど抱えた患者だからだ。
だからこそ、医者でありながら、部下でもなく、テュールの一撃をどうにかできるシャマルは非常に貴重な存在といえる。
シャマルがどれだけ嫌がろうが怖がろうが泣こうが関係なく、テュールが大怪我をすれば、その場に居合わせればシャマルは仕方なくテュールを担いでベッドに叩き込むのだ。
その内、息子ができたからその役目から解放されたと思った。
思ったのだが、それは間違いで、息子はテュールを担ぐことができないくらいの年齢であったし、ついでに言えば息子の方がテュールよりも大怪我をする(というか、テュールが大怪我をさせる)ので、なぜかシャマルが呼び出されることにもなるし、息子が成長してこれでいいだろうと思えばテュールのもとを離れたらしく、拗ねたテュールが突撃してくるようになったのだ。
本当に、世の中とはよくできている。
つまり、シャマルの腐れ縁に逃げ道など用意されていないのだ。
だったら、諦めるしかない。
(シャマルは逃げられないようにできているんですよ!!)
「困ったな。私は片腕しかないから不器用なんだよ。
人を殺すも生かすもどっちも同じ腕でやるんだ。生かそうと思って殺してしまいそうだ」
首を、切り落とす。
「ただ、生かそうなんって、思ったこともないけどね」
美しく微笑んで、剣帝は呟いた。
(片腕しかない人は不器用だけど、ある意味器用そうだと思う)
ぱちん。
ぱちん、ぱちん。
「テュール、お前な」
「なんだ」
「爪くらい、部下に切ってもらえ」
「例え、爪一片でもテュール様のお美しい一部を切り離すことはできません」
「……なんだそりゃ?」
「部下に言われた」
「………」
「深爪にしたら殺す」
「へいへい」
ぱちん、ぱちん。
ぱちん。
(テュールは片手だから、よく考えたら爪切れないんですよね)
「今年のクリスマスはお前の孫が大活躍だったな」
「ああ、目の色以外は俺のかわいいかわいいかわいいかわいい孫が大活躍だった。
管理人的には私も登場させる予定だったらしいけどね。私が出ると「話が長くなるきー!!」とか叫んでやめたそうだ」
「お前、話をかき混ぜるからな……」
「変わりにTOPに「キリストよりも私を崇めるべきだね」っといれた私の絵を飾ろうと思ってたみたいだけど、線画しかないからやめたらしいぜ」
「別館の二度ネタかよ!!」
「そういう二度ネタが好きだからな」
「それ、受けないと盛大に滑るぞ」
「そういうのも、好きなんだ」
「………」
(メリーメリー!)
にょたしゃま枠
何の不運か、シャマルと男の名をつけられてしまった女を、テュールはそれまで一度だって女としてみることはなかった。女として接したことも、女として扱うことも、女として触れたこともなかったし、女として抱いたこともない。
シャマルはシャマルであって、他の何者でもないと思っていたし、シャマルもシャマルで、テュールを男というよりは化け物、つまるところはテュールはテュールであると認識していた二人の関係は少々歪で不思議ながらもバランスを保っていた。
だから、シャマルがどんな男と付き合おうが、真っ赤なルージュを塗ろうが、ヒールの高い靴をはこうが、男にとって魅力的とも言える体を持っていてもどうでもよいと思っていたのだ。
しかし、だ。ある晩を境に、テュールは本能的に、それは男としての本能なんかじゃなくて、化け物としての本能で、シャマルが女だったことに気づいてしまった。
それは、テュールの天敵であり、シャマルの友人である家光がそれはもうお似合いの女性と結婚した日の晩だ。
楽しそうにケラケラ笑っていたシャマルは、二人から離れて10メートルほど進んだところでうずくまって泣き出した。テュールは慰めもしなかった。ただ、泣いてるのが珍しいっと思っただけだ。シャマルも慰められることなんてこれっぽっちも望んでいなかったので、やはり問題は無い。
あんまり珍しかったのでしばらく観察していると、シャマルはいきなり立ち上がった。
そこで、テュールは驚いた。泣いているかと思えば、シャマルは一滴も涙なんて零していなかったのだから。
「女は化粧崩れるから泣かないんだよ」
ああ、なるほどっと納得して、やっとテュールはシャマルを女だと認識した。
いや、むしろ、誇り高いメスだと認識したのであった。
そのままテュールはなにも考えず、シャマルを後ろから殴り倒した後、家に連れ帰った。
だからなにかするわけでもなく、とりあえずベットに放り込んだらどうでもよくなって寝たのだが、次の日、シャマルがテュールの愛人であるという話がもうボンゴレどころかイタリア中の裏側で噂になり、シャマルが切れたのはどうでもいい話だ。あくまで、テュールにとっては。
そう、もしかして、シャマルが家光に惚れているのではないかと噂が、消えたことなど、どうでもいいことなのだ。
だからどうしたという話である。
(にょたシャマでテュシャマ)
シャマルという、不運にも男の名をつけられてしまった彼女が、化粧も女らしさも放り出したのは、まだ10代も半ばの頃だ。
理由はとてつもなくシンプルに二つ。
一つは、テュールという美しい化け物に会ったから、もう一つは友人の家光が、運命とも言える女に出会ったからだ。
その二つの理由は本当に、簡単にシャマルに女を捨てさせた。
テュールを、あの、美しさを前にして、美しく装うことなど無意味と知り、家光の運命の女を前にして、女として家光の隣にいることがどれだけ苦しいことかを知った。
それだけだ。
それだけで十分だった。
普通の女であれば、そこでテュールを見返すために、あるいは、テュールを誘惑するために美しく装ったかもしれない。もしくは、家光をその女から奪い返すために、家光に女としてみてもらうために女を捨てなかったかもしれない。
けれど、シャマルはあまりにも卑屈で、諦めきった女であったため放り出して、逃げた。
だが、それが失敗だったと気づいたの時には後の祭り。
なぜなら、そんな、そんな普通でないところを、テュールに気に入られてしまったからだ。いや、それはほんとんど気に入られたに満たない、視界にちらりと入った程度にすぎない。
だが、テュールの恐ろしさを知るもので、それがどれだけの恐怖か、絶望かわからないものはいなかった。
シャマルは意味もなくテュールにとっつかまり、腐れ縁を結んでしまった。それは悲劇であり喜劇である。
そして、シャマルがそれから数年経って開き直り、普通の女のように装い、女であることを取り戻したときには、もう手遅れだった。
完全にテュールに気に入られたシャマルには逃げ場はどこにも用意されていなかった。
なぜか家に連れ込まれ、なぜかテュールの義理の息子に朝ごはんを作りながら、シャマルは唇を噛む。
シャマルは、テュールの恋人でも、愛人でも、友人でもなかった。どころか、テュールに女として触れられたことなど一つもなかった。なのに、なぜ、ここで追い詰められているのだろうか。頭痛を覚える。
「なあ、シャマル」
「なんだ?」
「そろそろ、俺のママンになってみねえ?」
トドメは、テュールの義理の息子によって刺された。
シャマルはフライパンを掴んだまま床にヘタリこむ。
いったい、人生どこで間違えたのか。
(その2)