「おーい、ルッスーリア」
「あら、シャマルじゃないの、どうしたの?」
「そこで頭から血をだくだく流したテュール見たんだがなんかあったのか?
 なんか、ダイイングメッセージにお赤飯とか書いてやがったけど」
「……これだから男の人はデリカシーがなくて困るわ」
「あえてつっこまないが、やっぱあいつの娘関係か?」
「ええ、そうね……簡単に言ったら」


















 女の子の日。
(※タイトル)


















1、御曹司達

 ソレを見た時、正直御曹司は戸惑った。
 なぜなら、いつもうざいほど元気な存在が、ぐったりと廊下に倒れていたからだ。
 今朝何か調子が悪そうなのは見てとれたが、倒れるほどのものではなかった。
 だから放っておいたのだが今、そいつを顔をみれば、重病人のような顔色で、息も荒い。
 元々血色のよくない奴だったが、今の顔色は今にも死にそうだった。
 外ならともかく、屋敷の、しかもこんな廊下で死なれてはたまらない。
 それに、こいつが死ねばあの剣帝やルッスーリア、ついでに親父なんかがぐだぐだ言うだろう。
 想像するだけでうんざりする。
 俺はとりあえずそいつに近づき、顔を覗きこむ。
 嫌な汗をかいている。
 ゆすってみた。
 すると、閉じられていた目が開き、濁った瞳が俺をうつす。
 なんだ、お前かとでも言うように目が再び閉じられた。
 なんとなくその態度が気に入らずもう一度ゆすれば、弱弱しい力で手を払おうとする。
 まったく力がこもってない手では、払うというよりもただ手をあてているようにしか見えない。
 目が、ほっとけ、構うなと訴えてくる。

「てめえになんかあるとうるせえんだよ」

 そう言ってやると諦めたように目が閉じられ、変わりに口が開いた。

「るっす……」

 掠れた声。
 一度も聞いたことのないその声に、なぜかくらりと眩暈がした。
 そういえば、なぜか微かに血の匂いがする。

「るっす、よんでこい……」

 荒い息をつきながら、口を閉じる。
 これ以上喋る気も動く気もないように硬く閉じられた目と口に妙に苛立つ。
 廊下で倒れるのも、そのまま死ぬのもどうでもいい。
 ただ、俺の目の届くところで、俺のとおりががかるところで醜態をさらされてはたまらない。
 その上、俺に命令するところが何より気に入らない。

「おぃ……」

 持ち上げたそいつの腕が軽いものだった。
 屈辱的なことに俺の方が背が低いというのに細い腕は妙に柔らかい。
 それでも、力が入らないのが抵抗できないそいつは薄く目を開けて睨んで来る。
 それを無視して、そのまま肩に抱いてやれば、抵抗はしないものの、不機嫌な雰囲気を倍増させた。

「ぉ、ろせぇ……」

 うめき声をあげるそいつを無視して、俺は歩き出す。
 振動がきついのかまた動かなくなった。
 うめき声すらあげず、ただ、荒い息が背中にかかって気持ち悪い。
 俺は早足でルッスリーアのいるだろう部屋へと向かった。
 案の定、ルッスリーアはそこにいて、俺を見て驚いた。

「……あら、また気絶させたんですか?」

 そう聞いてくるものだから俺は肩からそいつを放り投げてやった。
 ぐたりっと床に転がるそいつを見て、異変を察知したのだろうルッスーリアは慌てて駆け寄り、そっと抱き上げた。
 そいつはまたうっすら目を開くと、今度は安堵したように目を閉じる。
 ルッスーリアが話し掛ければ、俺には聞こえない小さな声で何かぼそぼそ呟いた。
 なぜか、ルッスリーアは狼狽したようでそいつを抱き上げると俺を焦りながら見た。

「えっえっと、えっとですね……あの、その、え……スペルビを寝かしてきます!!」

 何か言葉にしようと必死だったのだろう。
 うまく言葉にならず、ルッスーリアはそいつを抱き上げ俺の横を走り去っていった。
 それから、3日くらい奴は寝込んで俺の前に顔を出さなかった。


「何の病気だったんだ?」

 そう聞くと、なぜかそいつは怒り出し、ルッスーリアは慌てた。
 結局、寝込みはしたがたいしたことのない病気だったらしい。
 

(数年後、事実を知ってどんなリアクションをとっていいかわからないボス)
 


 





2、ヴァリアー

「血の匂いがする」

 そうつぶやいたのはベルフェゴールことベルだった。
 人一倍血の匂いに敏感なベルは楽しそうに笑う。
 その言葉に、向かい側でチェスの駒を進めるマーモンは首をかしげた。

「誰か、怪我でもしてるの?」

 部屋の中を見回せば、珍しくソファに寝転んでいるスクアーロが体を半分ほど起き上がらせて睨んでいた。
 しかし、その瞳にはいつもの力はない。
 どころか、元々白い顔を蒼白にし、顔をしかめた。

「何、スクアーロ怪我なんてしたの? うしし、どじ」
「スクアーロが怪我なんて珍しいね。ボスにでも殴られたの?」

 2人がそう聞くと、スクアーロはソファにもう一度寝転がる。
 どうやら無視をきめこむようだ。
 ベルの話を無視することは多々あるがマーモンを無視するのは珍しい。
 それを特別気にせずベルは唇を尖らせた。

「スクアーロのくせに王子を無視すんな」

 そう言って手の中でもてあそんでいた駒を放り投げた。
 狙いは寸分違わず白い髪の毛の上に落ちる。
 いつもならここでがばっと起き上がり怒鳴るところだが、スクアーロはぴくりともしなかった。
 これは本当に調子が悪いのかとマーモンは駒を動かす手を止める。

「スクアーロ、調子悪いの?」

 その声に、気にするなとでもいうように手が動いた。
 しかし、返事はない。
 ソファにぐったりと倒れこんだままだった。

「何、本当に調子悪いの?」

 異常事態だと気づいたベルが不満げに問うと、弱弱しい声で「ほっとけぇ」と呟く。
 いよいよマーモンが椅子から飛び降りようとした瞬間、扉は開いた。

「あら、ベル、マーモン、いたの?」

 現れたのは、なぜか手に水を持ったルッスーリアだった。
 ルッスーリアはスクアーロに視線を送ると、水をスクアーロへ差し出した。

「お水もってきたわよ」
「………」

 無言で手を伸ばすスクアーロに水を渡しながら、ルッスーリアはため息。

「もう、ほんとにこの日はスクアーロはだめになるわね……」
「スクアーロどうしたの?」
「もしかしてありえないけど病気とか?」
「病気……ではないわね」

 っと、なぜか気まずげにルッスーリアは目線をそらす。
 マーモンとベルがますます首を傾げると、スクアーロのグラスを持っていない方の手が伸びた。

「アレ、よこせえ……」
「だめよ」
「いいから……よこせ……」
「だめって言ってるでしょ」

 弱弱しい声だがどこか執着の見えるその言葉に、マーモンとベルは顔を見合わせる。

「薬……?」
「なになにー、スクアーロヤクチューでもなっちゃったの?」
「……ある意味そうね……」
「俺をジャンキーと一緒にするんじゃねえ……」
「ジャンキーみたいなものでしょ、アレは別に飲めばいいってものじゃないのよ?」
「うるせえ……」

 伸ばした腕をだらんっと下ろすスクアーロの姿はまるで瀕死の魚のようだった。
 いつも憎まれ口を叩くベルも、さすがにそれ以上何も言えない。
 体勢を変え、顔にかかった髪を払うのも億劫なのか、目を閉じて黙り込んでしまった。

「スクアーロ、どうしたの?」

 マーモンの二度目の問いかけに、ルッスーリアは言葉を濁した。
 それでも、マーモンの見えない瞳は答えを要求している。
 スクアーロは何も言わなかった。
 ただ、寝ているような、ただ目をつぶっているような状態で水を飲み干すと、ルッスーリアに投げて返す。
 それを特別見もせず受け取ったルッスーリアは考えるように、言葉を呟いた。

「そうね……私たちには一生わからない……そんな病気、って思っておいて」

 マーモンとベルは、いまいちわからない顔をした。






(アレ=鎮痛剤、バファリンとかその類)


 誰も彼もがきまずい。




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