鐘が鳴る。
死者を送り出す合図の鐘が。
葬送の鐘が鳴る。
黒、黒、黒。
喪服の群れが、男の棺に花を添える。
白い花。
生前の男が好んだ色。
それが、男を埋め尽くす。
誰も泣かなかった。
声もなかった。
男の変わり果てた姿に、誰もがすぐさま目をそらす。
その中で、一番早く花を添えた2人の男だけが、死者を見ていた。
「まさか、テュールが先に逝くとはな……私が先かと思うておった」
「………いえ、貴方は長生きしますよ」
「そうかもしれんな……家光」
「はい」
「私より、先に逝くな、年寄りを先に逝かせろ」
男の一人が、目をそらす。
見えるのは、黒服の群れ。
元々参加人数の少ないせいか、すでに花を供える列はなくなっていた。
鐘が鳴る。
「――あの子は、どこへ行った?」
「?」
「テュールの娘だ」
「ああ、あの……テュールを打ち倒した少女?」
「お前も会ったことがあるだろう?」
「ええ、何年か前に……」
「あれも、辛いだろう」
「……」
もう一人の男が、空を見上げた。
空はどんよりと曇り、空気も淀んでいる。
「一雨、きますね」
その時、微かなざわめきが聞こえた。
白。
目もくらむような、白。
白が、こちらに向かってくる。
「あれは……」
黒い服の群れの中。
白が堂々と歩く。
まるで、自分こそこの場に正当であると言うように。
そして、男2人の前へ、進み出る。
一瞬、男達と白の目が合った。
笑う。
白い花を抱いた少女が。
花嫁のように。
「死者の嫁に行くか」
男が言う。
その時、男は違和感に気づいた。
そう、少女の左腕の存在に気づいたのだ。
少女はばらりと少しぎこちなく死者に白い花をまく。
そして、白い手袋を一気に脱ぎ捨てた。
そこには、鋼色の義手。
「誓いの言葉とキスはいらねえだろ?」
皮肉のような笑い。
そして、泣いた。
涙を零し、幸福そうに、幸福そうに。
男は、何も言わなかった。
何か言えば、この雰囲気を壊してしまうからだ。
雨のように涙がこぼれる。
どこか、遠くで、「雨だ」という声。
同時、黒い雲から雨粒が落ちる。
まるで、すべてを洗い流すように。
「鎮魂歌の雨か」
男が呟いた。
だらんと垂れ下がる少女の義手。
鋼色に義手の中、たった一つ。
その薬指の付け根だけ、銀色に輝いていた。
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