「武さん」

 まだ少年と言うにふさわしい少年が、闇を見つめて震えた。
 そして、搾り出すような声で背後の男に呼びかける。

「誰か、います」

 男が、目を見開くと同時、腰の竹刀に手をかける。
 空気が、凛と張り詰めた。
 少年は、その雰囲気に冷や汗をたらしながらも、鳥肌が立つのを感じる。
 怖い。
 そう、思ったのだ。
 少年は自慢ではないが修羅場を体験しているつもりであった。
 あまりにもその修羅場がすごすぎて、銃をもしも零距離で突きつけられたとしても怯えない自信がある。
 さすがに今背後で竹刀に手をかける男が敵に回れば怯える程度ではな済まないと思っているが、とにかく、今は目の前の闇が怖かった。
 その、闇の中から、足音が聞こえる。
 石畳を高らかに隠すことなく堂々と歩く音。
 それは、ゆっくりと、歩くような余裕のあるものだった。
 ざわざわと少年の血液が沸き立つ。
 不快だった。
 とにかく、不快。
 気持ちが悪いとも言えるだろう。
 本能が、嫌悪する。理性が、拒絶する。脳の奥が、悲鳴をあげた。
 それでも、逃げられない。
 少年は少年のプライドをもってししてそこに踏みとどまった。
 父と違って度胸があると周囲には褒められるその誇りを持って立ち尽くす。

「クフフ」

 声。
 ぞくりっと少年の背中に毛虫が這ったような感覚が伝わった。
 なんだ、これはなんなんだこれは。
 少年は心の中で自問自答する。
 男は、一気に竹刀を腰から抜いた。
 それは一瞬で冷ややかな刀へと変形する。
 首の後ろに、ちりちりとした殺気が集まった。

「初めまして、初めまして、ボンゴレ11代目」

 それは、高い声だった。
 女のものとは違う、ヘタをすれば少年よりずっと幼い声。
 闇の中から、ゆっくりと、ソレは出てきた。
 少年の寒気が、ぞわっと増加する。
 じりりと、一歩下がれば、体が男にぶつかった。
 男は、それでも構えを乱さない。
 闇の中に光る刃物。
 その先に、ソレは闇をまとったように存在している。

「そして、お久しぶりですね、山本武」

 そこにいるのは、何の変哲もない子供だった。
 そう、両目の色がそれぞれ違い、子供らしからぬ笑みを浮かべていなければ何の変哲もない。
 ただの子供。
 イタリアではあまり見かけないが、後ろの男の、あるいは少年の父の故郷である日本ならばどこにでも見かけるような子供だった。
 そして、それがゆえに異質。
 男と少年が感じている濁りが、子供の姿にはまったく合っていない。 

「下がってろ」

 男は、少年を自分の後ろへ促した。
 いつもならばここで突っぱねる少年もすんなりと下がる。
 それだけ、恐ろしいのだろう。
 引きつった顔を隠そうともせず、震えていた。

「何の用だ?」

 探るように男が聞けば、子供は笑う。

「何の用?」

 傍目から見れば、それはおかしな光景だった。
 子供に向かって男が刀を向けるなど、本当に、おかしいとしか言いようがない。
 ただ、そのおかしさは、男のあまりの真剣な顔に打ち消される。

「クフフ、顔見せですよ。前の体がとうとう耐久年数を越えてしまったので、新しい体になった、とね」
「……なんでツナじゃねえんだ?」
「どういう意味ですか?」
「普通だったら、ツナのところへ行くだろ……」
「ああ、なるほど、貴方はこう言いたいんですね?
 恨んでいるのは、僕がほしいのは彼だと、ならば、彼に顔を見せに行くべきだと」

 沈黙が肯定を語る。
 少年は話がわからず戸惑った。
 ただ、わかるのは、目の前の子供が恐ろしいこと、そして、敵だということ。
 口調こそ上品だが、見え隠れする悪意が、敵意がそれを告げてくる。

「僕もそうするべきだとは、そうしたいとは思ってるんですよ。でも、それはできないんですよ。
 憎らしいことにね。あのアルコバレーノ、やってくれました」

 アルコバレーノ。
 少年はその単語を聞いて思い出すのはたった一人だ。
 父の最も信頼する、そしてイタリアで最強の一人を誇る青年。
 彼は、その名で呼ばれるのが好きではないようだったが、時折、そう呼ばれている。

「だから、親の因果が子の報いと言いますしね。だから、こちらにきたんです」

 子供が、一歩前に踏み出した。
 
「沢田家宣、初めまして、僕は六道骸」

 名前を呼ばれ、少年は数歩下がった。
 ぐちゃりと思考が崩される。
 少年は、初対面の人間を自分の能力のせいかすぐさま判断して嫌うことがあったが、ここまでの感情を抱いたのは初めてだった。
 そう、言うなれば、これはもう嫌悪の意気を超えた憎悪。
 遺伝子に切り刻まれたその憎悪が、叫ぶ。

( 逃げろ、さもなくば殺せ! )

「家宣に近づくな」

 男が凶悪な殺気を帯びて刀を子供に突きつける。
 一瞬、それこそ瞬きの間があれば子供の体は無残にも切り殺されるだろう。
 少年はそれを望んだ。
 目を閉じている間にあの少年が死んでくれれば、これほど幸いなことはない。
 そう思うが、男は動かない。
 もう、少年は殺せと叫びたくすらなってきた。
 子供の笑みが、強くなる。
 少年の口が、開いた。

「山本武、その刀を下した方がいいと思いますよ」

 背後から明るい、声。
 それは、高い、紛れもない少女の声。
 少年が振り返るよりも早く、視界に白が揺れた。

「ああ、紹介が遅れました」

 ひやりっと、少年の喉に冷たい感触。
 ひどく乱暴に肩が掴まれたと思った瞬間、喉元に何を突きつけられたか理解した。

「僕の前の体の子供です」

 ふわりと、たなびく長い髪。
 白、かと思えば、それは銀に近かった。
 少年は、その銀に絶句する。
 美しいと、闇の中でなお、美しいと思ったからだ。
 一瞬、子供の恐ろしさも、喉に突きつけられた冷たさも忘れ、魅入る。 

「初めまして、山本武、そして沢田家宣」 

 男も、また絶句していた。
 刀を構えたまま、動けない。
 ただ、子供の声と、高い声だけが当たりに響く。
 しかし、少年の耳にはその声すらうまく入ってこない。
 ただ、ただ、銀が、美しい銀が闇に映える。

「僕は、百華」

 少女が、笑う。
 楽しそうに、楽しそうに、子供と同じ笑みを浮かべて。

「ス……スクアーロ……?」

 男が、ひとつの名前を呟いた。
 銀に向かって、目を見開き、凝視する。
 まるで、幽霊でも見たかのような顔で。
 その顔は、微かな喜びを滲ませていた。 
 その表情の意味を少年は知らない。

「スクアーロ!!」

 叫ぶ。
 男は叫んだ。
 答えを待つように。
 求めるように。

「兄は、そんな名前じゃありません」

 少女が、少しむっとしたように呟いた。
 同時に、銀もまた、不機嫌そうな気配へと変わる。 
 苛立ちにも似たその雰囲気のまま、銀はやっと口を開く。
 声変わりはすませたのだろう、低い声だった。

「ルパッキオット、それが俺の名前だあ」
「クフフ」

 子供の笑い声。

「言っておきますが、彼らと僕は少し事情が違いましてね、今から貴方を刺したり、支配したりなんてしませんよ?」 
 
 ねえ?
 子供がそう聞けば、口を開いたのは銀だった。

「山本武」

 銀は、決して男から目を離さない。
 そう、どれだけ少年に刃を突きつけようとも、ただ一人。
 この中でたった一人、男だけに意識を向け、殺意を放っていた。

「俺はてめえを認めねえ。
 一度くらい親父に勝ったからって最強の剣士と持て囃されたからっていい気になるな。
 最強は――てめえじゃねえ」

 それを、てめえを殺して証明する。
 そう、銀は言った。
 男が、笑った。
 心の底から、嬉しそうに。
 それは、少年の知らない笑み。
 ただ、震えた。
 子供を前にした時とは別種の震えが体を伝う。
 怖い。
 ただ、怖い。
 まるで、猛獣を前にしたような、純粋な恐怖。

「お兄ちゃん」

 その空気は、少女の声で少しだけ和らいだ。

「家宣くんの首、切れちゃいますよ」

 はっと、そこで少年も気づく。
 首に当てられた感触がさっきよりも食い込んでいるのだ。
 これで、少し刃を引かれれば、少年は赤く染まる。

「僕の目的も、家宣くんなんですから、殺されては困ります!」
「え?」

 少年が目を丸くする。
 場違いなほど明るく無邪気な声。

「僕は、お母さんのことも、お兄ちゃんのこともどうでもいいんです」

 少女は、そう言ってそっと、少年の頬に触れた。

「僕は、家宣くんのことが好きなんです」

 瞬間、少年の思考が、消えた。
 何もかも、真っ白に。
 考えられない。
 ただ、口がぱくぱくと動いた。
 少女が何を言ったか、耳に届いたのに脳が受け付けない。
 今、なんて言ったと聞き返したかった。
 でも、聞き返せない。
 少女は、それこそあっさりと答えてしまいそうで。
 笑顔の中、何の淀みもなく、濁りもなく。
 心臓が、止まってしまいそうだった。

「求めているんですよ。僕の中の何かが、家宣くん、君を」

 少女は、そのまま柔らかに少年の頬を撫でる。
 嬉しそうに、楽しそうに、驚愕に歪む顔を見つめながら。

「だから、好きですよ」

 ずんっと、重い。
 体がよじれるような感覚。
 動けない中で、少年は口を開いた。
 そこから、声が漏れる。

「俺は……」

 俺は、っと繰り返す。
 整理ができない思考が、少年を。





















「お兄さんのが好みです!!」






















 時間が、止まった。

「え?」
「はあ?」
「う?」
「ほう」
「まあ」

 刃が、震える。

「……フラレちゃいました……」

 少女の、その声に、子供が笑った。

「クフフ、ほら、言ったじゃないですか、ルーくんはボンゴレ好きする遺伝子を受け継いでるって」
「るー……?」
「てってめえ!! ルーくんって言うなっつってるだろお!!」
「むう……やっぱりお父さんから世界が嫉妬する髪と瞳もらったお兄ちゃんは有利ですよね」
「何が有利なんだあ!! ふざけんな!!」
「いいじゃないですか、ルーくん」
「やめろ!!」
「てめえなんてお母さん悲しいですね……ファザコンのくせにマザコンになってくれなくて……」
「おっ俺はファザコンじゃねえ!! 普段は自分が産んだんじゃないから親扱いすんなっつってるくせに!!」
「お兄ちゃん、ファザコンは否定できないよ。だって、お父さんが最強だって信じてるから山本武にケンカ売ってるんでしょ?」
「クフフ、ルーくんは素直じゃないですね」
「ほんと、ほんと」
「ぐうううううう!!」

 いきなり家族喧嘩を始めた3人に、男と少年は戸惑う。
 しかし、顔を真っ赤にして慌てふためく銀を見て、思わずガッツポーズ。

「俺、お友達からでもかまいません!!」
「うおい!! よけいに混乱させんなあ!!」
「待て、家宣!! 俺が先だ!!」
「てめえもかよ!?」
「むしろ、お父さんを俺にください!!」
「やらねえよ!!」

 ほら、ファザコンだっとつぶやく子供に、銀はがーっと叫び、刃を引くと少年を突き飛ばす。
 そして、少女と子供から逃げるように後ろに飛びのくと叫んだ。

「とっとにかく!! 首洗って待っとけえ!!」
「逃げましたね」
「逃げちゃった」
「あー……」

 背を向けて走っていく後姿を見つめながら、その場の全員が残念そうに呟いた。


 桃の花と狼(今決めた)今回はシリアスよりもギャグ路線で、ツナの息子家宣くん登場。
 ボンゴレブラッドラブな百華ちゃんとファザコン狼くんはリベンジ&お母さんのお手伝いです。
 きっと、ボンゴレブラッドは銀系好きの家系だと脳内で確信。




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