「あの、すいません」
ある日、山本が出会ったのは、見知らぬ少女だった。
街の中で知り合い以外の日本語を聞くのは久々だったせいか、懐かしさがこみ上げる。
黒い髪に黒い瞳、イタリアではよく見る観光客の女の子。
年の頃なら12〜13才だろうか、今は美少女だが数年もすれば美人へと変貌するような顔立ちをしていた。
困ったような表情と、滑らかな日本語を喋ることから山本は、家族とはぐれたのだと判断してにこりと笑う。
「初めて会った人にこんなこと言うのはどうかと思うのですが……」
恐らく、外国人ばかりの中見つけた日本人に思わず声をかけたのだろう。俯いて言いにくそうに聞く。
「ん?」
「その……お願いがあるんです……」
「何、俺のできることならなんでもやるよ」
優しくそういうと、少女は顔をぱあっと明るくした。
恐らく、山本の笑顔に安心したのだろう、弾んだ声で地図を差し出した。
「ありがとうございます!
あの、実は兄とはぐれてしまって、たぶん、兄のことですから先に目的地にいると思うのですが……その場所がわからないんです」
「なるほど、どこ?」
「えっと……ここです」
地図の上で指さした場所は山本が向かう場所の途中だった。
「あっ、俺もちょうどそこの近くに行くところだったんだ、案内くらいなら任せてくれ」
「本当ですか!」
少女は嬉しそうに地図を抱いた。
山本もその笑顔につられてますます笑う。
「君、名前は? 俺、山本武」
その名前を呟いた瞬間、少女の目が微かに見開いた。
それは、ほとんど見逃してしまいそうな一瞬。
山本はそれを見取ったが、よくわからず知り合いに名前が似ているのだろうと判断した。
少女がすぐに笑顔に戻し、自分の名前を告げる。
「ももか、百の華と書いて百華です」
キレイな名前だねっと山本が言うと照れたように視線をそらした。
そして、山本は少女を連れ、歩き出す。
他愛もない話をしながら、今の日本はどうかと聞くと、
「何も、何も変わりません」
という不思議な答えを聞いた。
山本は首を傾げるが、すぐに少女が話を変えた為、追求はできなかった。
ただ、少女は、目的地が近づくごとにそわそわしはじめる。
辺りをきょろきょろ見回し、今にも走り出しそうに見えた。
さっきまでひどく落ち着いていたというのに。
山本はそれをきっと兄を探しているからだろうと思う。
知らない場所で家族と離れればどれだけ孤独で不安か。
その感覚は、山本も知っている。
「えっと……あの……もうすぐですから、ここまででいいです……」
「いや、俺もこっちの道通るから」
そう笑えば、少女は俯いた。
「きます」
ぽつり。
その言葉が合図だった。
山本は背負っていたバックから瞬時に木刀を抜く。
そして、その木刀を背後に向けて一閃。
固いもの同士がぶつかる確かな感触と音。
びりりっと、利き腕に痺れが走る。
振り向いた先、少年が鈍く光る刃物を持ち、宙に浮いていた。
「え……?」
山本は、声を漏らした。
青い空に、白が映える。
ばらばらと、さらさらと、広がった布のような髪。
背後で、少女が笑う気配。
同時に、少年も笑う。
白い髪が、ざらりと揺れた。
その髪の狭間から、白い左目が光った。
その、ぎらぎらとした光を、山本は知っている。
「ス……」
山本の木刀を軽やかに蹴って、少年は地面に降り立つ。
石畳の上、音もなくそこに存在している。
「スクアーロ……?」
まさかっと山本は考えを打ち消す。
いくらよく似ているとはいえ、少年は少年。
山本の知っている男は、山本よりも年上であったし、死んだ筈だった。
そう、山本の目の前で、死んだ。その事実は、山本の心を、今も最も傷つけている。
まさか、生まれ変わりでもなければ同一人物な筈はない。
そう、よく見れば違う。
確かに、少年は白い髪に白いぎらぎらとした瞳を持っていたが、その右目には眼帯をつけているし、どこか顔立ちも違った。
「お兄ちゃん」
少女が駆け出す。
少年の元へ一直線に。
「山本さん、ありがとうございます」
その途中、振り返って笑う。
「お礼に、僕のフルネームを教えます」
「うおい、百華」
少年が声変わり前の声が制止に入る。
しかし、少女はかまわず続けた。
「クローム・百華、それが僕のフルネーム」
にこりと、少女が表情をゆがめた。
山本は、その顔を知っていた。
そう、知っている。
「クローム・髑髏の娘です」
「いいのかあ、そこまでいっちまって」
「大丈夫です、山本さんすごく優しい人でしたから、それに、どうせ言うのが少し早まっただけですし」
少年はため息。
呆然と立ち尽くす山本へ向かって睨む。
殺意も敵意も憎悪も合わせた昔、感じた寒気。
山本は、自分が喜んでいることに気づいた。
微かに震えるのは、武者震い。
「俺は、ルパッキオット」
ふつふつと山本の血が煮えたぎる。
木刀を握る手に力がこもった。
「誰の子供かはあ。見りゃわかるだろ?」
切りかかってしまいたいと、山本の本能が叫ぶ。
今すぐ少年と戦いたいと、疼いている。
全身が、一つのことしか考えなくなっていく。
剣を交わしたい、できることならば殺し合いたい。
あの時の戦いをもう一度、もう一度、もう一度。
やり直したい。
今度こそ本気で、手加減も容赦も殺さないなどと甘いことも言いはしない。
どちらかの息の根がとまるまで存分に。
「お兄ちゃん」
少女から見た山本は、先ほどまで笑っていた山本ではなかった。
穏やかでお人よし、そんな印象はすでにない。
そこには獰猛に笑う殺し屋がいる。
少女は、少し判断を誤ったかと小首をかしげて兄の服の裾を掴んだ。
なぜなら、兄も疼いているからだ。
今すぐ飛び掛りたい。
剣を交わしたい、殺し合いたい。
そう、獰猛な笑いが語っているのだ。
「お兄ちゃん」
呼びかけても、兄は反応しない。
ただ、ぎらぎらと山本と睨み合っている。
何かの合図があれば、2人は殺し合いを始めるだろう。
少女は困った。
ここで殺し合うことなど想定してなかったのだろう。
おろおろと慌てる中で、兄が唇を噛む。
「百華」
視線が、そらされた。
少女が安堵の息を漏らす。
山本は、たったそれだけのことに、失望を覚える。
目に見える程がっくりしている山本へ、少年は告げた。
「んなに落ち込むなあ」
今日は宣戦布告だと。
少年は笑う。
「親の仇を討つのはよ、ガキの役目だろ?」
「だから、討ちにきました。貴方と、ドン・ボンゴレを」
「すぐ、殺しにきてやるからよお、首洗って待ってろ」
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