朝、目が覚めると置手紙があった。
摘んで目を通せば、少々朝から読むにはきつい濃い文章だったので、元の場所に戻してもう一度目を閉じる。
横を見れば、片目の少女がすやすや寝ていた。
何一つ知らない無垢な寝顔に、苦笑。
頬にかかる髪を払ってやると、小さく呟いた。
「きたんなら、起こしてもいいんだぜえ」
返答は無く、少女は何一つの穢れもないような顔で眠っていた。
前略、聞いてください。
と、僕がきた時は言ったのですが、貴方が寝ていたので手紙に変更しました。
意識だけとはいえ、まだ回復してないので長くこちらにいられそうにないので貴方を起きるのを待つことができません。
本当ならば貴方の寝顔をじっくり見て、起きた貴方と朝食でも食べながら話したかったのですが、しかし、起こすのも野暮ですからここは我慢しましょう。
それにしても、凪はまだ一人では眠れないみたいなので、貴方がいてくれて、寝てくれてよかったと思います。
さすがに千種や犬に凪の添い寝は頼めませんから。
二人とも、色々心配もありましたが凪にも心を開いてくれたようで安心していますが、一応年頃の男ですからね。
ないと思いますが、万が一は困ります。
犬なんか特に凪が入った時も物凄く意識してましたから。MMの時は平気そうだったのになぜでしょう。
MMと凪の違う部分といえば、性格か胸くらいしか思い浮かびません。
あっ胸のことはMMには内密に。貴方が会う機会があるかは知りませんが、一応。
とにかく、万が一があって二人の関係にヒビが入ったり、ぎくしゃくしたらかわいそうですから。
おっと、話がそれましたね。
そうそう、それで聞いてほしいのは、今は読んでほしいのは、凪のことなんです。
僕は凪の体を共有しているので、凪の考えが、思いが流れ込んでくる時があります。
プライバシーがないとか、凪に申し訳ないとも思うのですが、こればっかりは不可抗力なのでしかたありません。
それで、凪の考えや思いの話なのですが、実は、凪は彼のことが好きみたいなんです。
彼と言っても貴方がわかるか難しいのですが、沢田綱吉です。
貴方の主に勝った……っと、よけいなことを書いてしまいそうなのでやめました。
消しゴムがみつからないのでこういうミスは見逃してください。
それにしても、貴方の寝顔を見ながら手紙を書いていると少しだけ不思議な気分になります。
ああ、もう、いっそ僕も寝てしまおうかと何度も思ってしまいました。
貴方の温もりを感じながら寝るなんて少しだけ凪に嫉妬しそうです。
と、言ってもこの辺りからベットにもぐりこみながら書いてます。
急に字が汚くなりましたが、これくらいなら読めるでしょう。
だって、僕の本体はあの、暗くて冷たくて寂しい場所にあるんですよ? 人肌がぬくもりが恋しくてもしょうがないじゃないですか。それに、もしも途中でタイムリミットがきて僕があそこへ帰れば凪が床で寝てしまうことになります。
風邪でも引いたら困りますから、あえて貴方とベットをともにさせていただいてます。
また話がそれましたね。
そう、沢田綱吉のことが凪は好きらしいんです。
それが明確な恋慕の情なのか、それとも憧れなのか、錯覚なのか僕にはわかりません。
これは由々しき事態です。
だって、沢田綱吉は、好きな人がいるのです。
僕も、一度人質にしてやろうと調べたので知っているのですが、それはもう、天使のように優しく聖女のように清らかなかわいい少女でした。
決してその子に凪が劣るという訳ではありませんよ。
顔も、プロポーションも、色気も凪が負けるところなんて一つもありません。
ただ、ただですね。
その子はあまりにも光でした。眩しいほどの光だったのです。
ああ、勝てないなっと。
沢田綱吉がその子を選ぶなら、誰も、誰一人としても勝てないと思ったんです。
かわいそうな凪。
いえ、凪の気持ちは凪のものですから、それがかわいそうなどと僕が判断するのはおこがましいのですが、しかし、何度も愛する人を失ったり、愛する人に愛されなかった記憶のある僕としては、あまりにも悲しいのです。
かわいい凪には、僕としてはぜひしあわ――。
「スクアーロ」
コーヒーの匂いが満ちる部屋の中で、眠たそうに目をこすりながら少女は男に眼帯を差し出す。
男は慣れた手つきで眼帯をつけると、ふっと、少女の手に紙切れが握られているのに気づいた。
白い紙の上にびっしりと書かれた文字に、あっと男は思い出す。
「昨日、骸様きたんだね」
「らしいな」
紙を受け取り、目を通しながら、フライパンを熱する。
最初の行でうんざりしながらも読み続ける内に、その表情がどんどん苦いものへと変わっていった。
終わりの方の部分は書いている途中で限界がきたのだろう、字もがたがたで途切れている。
熱されすぎたフライパンが白い煙を上げ始めた。
「これ、読んだか?」
苦い顔のまま聞けば、少女はこともなげに頷く。
同時に、トースターにパンを二枚いれて、食器棚からコーヒーカップを二個取り出した。
「で、どうなんだあ」
「何が?」
あまりにもあっさりとした返答に、男が拍子抜けする。
「あいつのことだよ」
「ボス?」
「好きなのか?」
自分で聞いておいて気まずい顔をする男に、少女は表情を動かさない。
ただ、少しだけ考えるようなそぶりを見せて。
「ボスは、優しいから好き」
きっぱりと言う。
あまりにもその言葉に迷いはなかったが、実際、よくわかってないようにも見えた。
それが、恋慕の情なのか、憧れなのか、錯覚なのか、少女もわかってないのだろう。
男はそう判断すると一度火を切り、熱されすぎたフライパンを睨んだ。
行き場のない卵を握り締め、考える。
「でも」
少女は、白い食器皿も二枚並べた。
熱がゆっくりと逃げていくフライパン。
そろそろバターでも落とすか、そうかんがえていると、少女は笑った。
「でも、ボスよりもスクアーロが好きだよ」
今は、骸様も好きだけど、一番スクアーロが好き。
その言葉に男が慌てて振り返る。
何かを聞き返そうと口を開くが、うまく出ない。
熱を失っていくフライパンのように、男の顔から血の気がうせていく。
「だから、ボスにも、骸様にも、スクアーロのボスにも負けない」
少女は片目だけでにこにこ笑い、コーヒーメーカーに手を伸ばした。
立ち尽くす男をしっかりと見て、そして無邪気な声で言う。
「そして、スクアーロの子ども生んであげるね」
めまいが男を襲う。
意味がわかっ言っているのだろうか。
少女の一つだけの目を見れば、その澄んだ瞳には何の濁りもなく真剣だと書いてある。
なんだか、男は急に泣きたくなった。
頭によぎるのは、この前見たドラマの「育て方を間違えた!!」というセリフだ。
しかし、男は少女を育てた覚えもないし、むしろ、付き合いはどちらかというと短い。
なのに、なぜそんな考えが浮かぶのか。
答えは簡単だ。男は、少女を女性としてではなく、妹のように、行き過ぎれば娘のように考えているからだ。
しかし、どうも困ったことに、少女はわかってかわかっていないのか、しっかりと異性として男を見ているらしい。
眩暈と同時になんだか頭が重くなった。
少女はコーヒーをカップに注いで、卵割らないの?っとなんでもなく聞いてくる。
男は心と裏腹にバターを落として卵を焼く体に、相当混乱していると理解した。
「あのよ」
「うん」
「もうすこし、かんがえるじかんください」
少女は、いいよっと笑う。
その笑みは、少女というよりは女のものだったが、男は背を向けていたので気づかなかった。
じゅーっと、焦げていく卵の音と匂いが空間に満ちていく。
前略、スクアーロ。
聞いてください。
と言っても今回も手紙なんですが。
とにかく、聞いてほしいんです。
ああ、あの鬼のごとく人使いの荒いアルコバレーノに監視されているので時間がありません。
今回は簡潔にいきます。
凪が反抗期です。
あの、純粋でかわいらしい凪が僕に向かって「絶対骸様に負けない」って、負けないって言ったんです。
何がって、貴方のことに決まってるじゃないですか。
人見知りするあの子が貴方に懐いたことに薄々どうかとは思っていたのですが!!
「骸様大好き」って言っていた凪がですよ!!
そりゃ、犬も千種も反抗期はありました。でも、それは寂しさゆえの微かな抵抗だったんです。
でも、凪は違うんです!!
凪は、僕をライバルと定めてしまったのです!!
どうしましょう!!
僕はどうす――
そこまでで文章が途切れていた。
男は、自分の隣ですやすやと無垢に眠る少女を見る。
少しシーツをめくれば、全裸。
どうとっていいかわからないその姿に、男は困惑し、自分を見た。
服は、着ている。
それに少しだけ安堵し、とりあえずベットからそっと起こさないように抜け出し、シーツをきちんとかけなおした。
「育て方、間違えた」
間違ってると思いつつ、男は言葉を繰り返した。
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