「あら、正一様」

 部屋に入ってきた青年に、そっくりな、違う場所を見つける方が難しい少女たちがくすくす笑いながら声をかけてきた。

「……なにしてるんだい?」

 不思議に思うのも仕方なかった、なぜなら少女たちは皆ずらっと青年に背を向けている長椅子の周りに並んでいるからだ。少女たちは人差し指を唇にあて、しーっと口々に呟きあう。
 訳もわからず近づいてみれば、長椅子には猫のように丸まって眠る男の姿。白い髪に白い肌、着ている服も白いせいか、白に溶けてしまいそうだった。いつもどこか不機嫌そうな顔をしているせいか無防備な寝顔はひどく幼い。

「………」

 一瞬見とれ、すぐさま首を振って気を取り直す。

「やっと、私たちの前で眠るようになったんです」
「それだけじゃないんですよ」
「この前、姉様って、あの状態じゃないのに呼んでくれたんです」
「可愛い子」

「おかえりなさい」
「おかえりなさい」
「おかえりなさい」

 くすくすと笑みと「おかえりなさい」が広がっていく。
 短い髪をなでて、嬉しそうに。

「そうだね。経過は順調だ」

 青年もまた笑う。

「彼は気づいているかな? ゆっくり、前大事だったものがそれほどでもなくなっていっていることを。
 少し前の過去はおぼろげに、それなのに忘れていたずっと小さいことは鮮明になっていることを」

 そうっと、青年が手を伸ばすと、うっすらと瞳が開く。
 男は、その銀の瞳をきょろっと動かし辺りを確認すると、あまりにも幼く無邪気な笑みを浮かべた。

「しょーいちさま……?」
「おはよう」
「ねてた?」
「うん」
「ごようじ?」
「うん、ちょっとね、ザンザスが、起きたって」
「ざ?」

 不思議そうな、不思議そうなきょとんとした瞳。その瞳が迷うようにゆれ、そして、首が傾げられた。

「誰?」

 少女たちが笑う。

「さあ、誰だろうね」

 青年は答えを濁して、その頭をなでた。
 経過は、順調だと。





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