罪と戦う3回戦



 過ぎた時間は戻らない。
 だから後悔してもしかたないの。
 年をとるって嫌だけど、こういうときは頼りになるわ。
 だって、つまずいたり、失ったり、裏切られたことに、ショックを受けすぎなくていいもの。


「久しぶりね、スクちゃん」

 彼は穏やかに笑って両手を広げて見せた。
 もしも、相手が小さな子どもであれば飛び込んでこれるように、堂々と。
 しかし、もう相手は小さな子どもでなかったし、あったとしてもそこに飛び込めない存在になっていた。
 少しやつれたようにも見える青白い顔は、瞳だけがぎらぎら光って彼を離さない。

「少し、痩せたかしら? もう、お肌の手入れも髪の手入れもぐちゃぐちゃじゃないの、ちゃんと食べさせてもらってる?」

 まるで、何も変わらず声をかける。優しく気遣うような声で。
 その声に、相手は苛立つような、泣き出すように顔をしかめた。

「マーモンが、死んだわ」

 そのまま、なんら変わらない口調で告げる。
 気軽に、世間話をするように。

「ベルちゃんは生きてるけど、意識は回復してないの。困った物だわ……」
「ベルは……」
「うん」
「ベルは俺に刺されたマーモンを庇ったぜえ。二度と起きないと思ったのによ」
「そう」
「その隙に、マーモンに術をかけられた」
「それで?」

 彼は、何一つ動じない。
 いつもと変わらない。
 その変わらなさが、相手の違和感を、差異を浮き彫りにする。

「ルッス、俺よお、なんか……ベルとマーモン刺したとき気づいたんだあ」
「なにを?」
「一人、殺すごとに……俺のなんかが削れてるってなあ。だから、たぶん」

 呼吸。
 彼は、すっと、半歩引いて構えた。
 相手は、剣を掲げる。

「今度は、てめえが相手でも、トドメさせるってよお」
「そう、じゃあ、きなさい」

 始まりにしては、あまりにもそっけない言葉。
 だからこそ、相手はわかった。
 今、自分は敵なのだと。逃げ場など、どこにもないのだと。
 ぎゅっと閉じた瞼から、じわりと涙が溢れそうになるのを抑え、相手は地面を蹴った。
 


 年をとっておいてよかったわ。
 なんとか泣かずにすんだもの。





Copyright(c) 2007 all rights reserved. inserted by FC2 system