過ぎた時間は戻らない。
だから後悔してもしかたないの。
年をとるって嫌だけど、こういうときは頼りになるわ。
だって、つまずいたり、失ったり、裏切られたことに、ショックを受けすぎなくていいもの。
「久しぶりね、スクちゃん」
彼は穏やかに笑って両手を広げて見せた。
もしも、相手が小さな子どもであれば飛び込んでこれるように、堂々と。
しかし、もう相手は小さな子どもでなかったし、あったとしてもそこに飛び込めない存在になっていた。
少しやつれたようにも見える青白い顔は、瞳だけがぎらぎら光って彼を離さない。
「少し、痩せたかしら? もう、お肌の手入れも髪の手入れもぐちゃぐちゃじゃないの、ちゃんと食べさせてもらってる?」
まるで、何も変わらず声をかける。優しく気遣うような声で。
その声に、相手は苛立つような、泣き出すように顔をしかめた。
「マーモンが、死んだわ」
そのまま、なんら変わらない口調で告げる。
気軽に、世間話をするように。
「ベルちゃんは生きてるけど、意識は回復してないの。困った物だわ……」
「ベルは……」
「うん」
「ベルは俺に刺されたマーモンを庇ったぜえ。二度と起きないと思ったのによ」
「そう」
「その隙に、マーモンに術をかけられた」
「それで?」
彼は、何一つ動じない。
いつもと変わらない。
その変わらなさが、相手の違和感を、差異を浮き彫りにする。
「ルッス、俺よお、なんか……ベルとマーモン刺したとき気づいたんだあ」
「なにを?」
「一人、殺すごとに……俺のなんかが削れてるってなあ。だから、たぶん」
呼吸。
彼は、すっと、半歩引いて構えた。
相手は、剣を掲げる。
「今度は、てめえが相手でも、トドメさせるってよお」
「そう、じゃあ、きなさい」
始まりにしては、あまりにもそっけない言葉。
だからこそ、相手はわかった。
今、自分は敵なのだと。逃げ場など、どこにもないのだと。
ぎゅっと閉じた瞼から、じわりと涙が溢れそうになるのを抑え、相手は地面を蹴った。
年をとっておいてよかったわ。
なんとか泣かずにすんだもの。
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