白と攻防2回戦前



 いきなり男が激しく立ち上がり窓枠から飛び降りようとしたので、医者は慌ててその唯一の右手を掴んだ。
 その程度のことでは男は決して止まらないのだが、咄嗟だったのでしかたない。本来ならこのまま医者は引きずられてまっさかさまになるというのが通例だったが、そのまま男は止まった。
 別に、医者に止められたからではない。
 ただ、少しだけその表情をいつもの笑みに戻すと、拍子抜けしたように座りなおしたのだ。
 そして、ふっと、右腕をつかまれていることに気づき、医者を見た。

「どうした?」
「そりゃこっちのセリフだ……いきなり飛び降り自殺しそうになりやがって、ここ6階だぞ、常識考えろ、常識」
「常識的に着地できるだろ」
「できねえよ!! ったく化け物……いくらお前の回復力が異常だからってまだ怪我人だ。医者の前ではおとなしくしてろ」
「……あの子が、危なかった」
「はあ?」

 それだけだった。
 それだけ呟いて男はまた窓の外に目を向ける。
 いつもと変わらぬ笑みで、ゆるりと自分の順番を待っていた。


「さて、何人殺せたかな? 私が会いに行くまでに、せいぜい半分くらいにしてないと、私が殺してしまうかもしれないよ?」


 そう、なんでもないように呟いた。





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