その子どもは白い世界の真ん中にいた。
彼の愛すべきものは全て白で構成され、彼を愛するものもまた、白で構成されていた。
ぐるりと首を回した周囲も全て白。
天井も壁も床もそして窓から入り込む光すら白く輝く世界。
決して、白だけではなかったが、それでも、世界の白を含有する率は明らかに病院よりも多い。
「ねえさま」
長い廊下の途中で、子どもは口を開く。
「しょーいちさま」
一歩一歩踏み出しながら、口に出す。
そのたった二つの単語が、ほとんど全てだった。
子どもがこの世に存在してから覚えた初めての単語もこの二つのどちらかか、両方だっただろう。また、初めて口に出した言葉もそのどちらかか両方だ。
その言葉の端々に愛を詰め込んだ二つを繰り返し、かみ締める。
愛しい愛しい。たった二語が差ししめす存在こそ、子どもの全てだ。
「あっ」
ただし、少し前までの、全てである。
そう、今は。
「びゃっくん」
白。
白い壁、白い床、白い天井、差し込む光すら白い。
その真ん中に、真っ白な青年が立っている。
白い服、白い肌、白い瞳、白い髪。
子どもは駆け出して、白に抱きつく。
白もまた、子どもを抱きしめた。
今はこの白も含めたものが、子どもの全てだった。
ゆらゆらと、男は瞳を開く。
白を抱きしめ、白に抱きしめられていたはずの体は、黒を抱いていた。
黒、黒い、黒い服。
それは、肌と目に馴染んだ黒。
自分が、少し前まで浸っていた黒の世界の名残。
しかし、今はどうだろうか。
「くすくす」
「おはようございます、兄様」
少女たちがいつくしむような瞳で男を見ていた。
世界は、白でできていた。
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