複雑な気分だった。
朝起きてもスクアーロはいて、俺をじっと見ていた。
寝てないのか、それとも俺よりも先に起きたかは判断できない。
ルッスーリアが俺を朝食に呼び、レヴィが嫌そうな顔で俺を病院に送っていく。
俺は病院に行くべきか迷ったが、今まで行っていたのにいきなりやめるのもおかしいだろうとしかたなくスクアーロの病室へと向かう。
「あれ、スクアーロさん」
がこん。
ジュースのボタンを押した綱吉と鉢合わせした。
別に約束している訳でも、決まった時間がある訳でもないが、綱吉は毎日見舞いにくる。
それは、綱吉の性格ゆえだ。
自分を殺そうとした人間にも平気で優しくするし、許す。
いまだ綱吉の部下「友達です」また超直感で読まれた。
友達らしい奴らはまだ俺のことを恨んでいるらしいが、気にしない。
どころか、たまにあらかさまに仲良くさせようと企てるところに俺はギャップを感じずに入られない。
綱吉は、ジュースを取り出すとちゃりんちゃりんとコインを自動販売機に入れる。
そして、適当に押すと、俺に差し出す。
「どうぞ」
反射的に受け取る。
並茶と書いてあった。
別に飲みたくもなんともなかったが、つき返すこともできない。
綱吉は本当に嬉しそうに笑っていた。
「よかったですね、ザンザスさん」
そして、もう一度同じことをすると、今度はスクアーロへまっすぐ伸ばす。
その缶には妙に甘ったるそうな色の缶で、なぜそれを選んだかはわからない。
「そして、おかえりなさい、スクアーロさん」
スクアーロは、反射的に受け取るが、ごどんっと落ちた。
落ちたジュースを見て、綱吉が不思議そうな顔をする。
足元へ転がるジュースを拾い、綱吉はもう一度スクアーロへ差し出す。
掴む。
落ちる。
缶のふちがへこむ。
スクアーロはかがんで缶に触れた。
めり込まないが、動かすことはできないようで、ただ、石を触っているようになでている。
缶は少し転がるが、それは落ちた衝撃のせいだった。
「え?」
綱吉は、首を傾げる。
必死に缶を掴もうとするスクアーロを見つめ、そして手を伸ばす。
恐る恐る、そっと、スクアーロに触れた。
貫通するかと思えば、しなかった。
ただ、一瞬、綱吉はひゃっと叫んで手を引っ込める。
「つめたい」
手を見つめて、何度もさっきの感触を思い出している。
綱吉は震えていた。
臆病なこの男のことだから、冷たいから震えている訳ではないだろう。
顔が引きつっている、真っ青になった顔で、恐る恐る、その名を口にすることすら怖いという表情で。
「おばけ?」
“せめてゆうれいっていえよ”
ぱくぱく口を動かすスクアーロに震えながらも綱吉は
「あっあの、すいません、聞こえません」
と律儀に声をかける。
スクアーロは立ち上がると、綱吉に触って見た。
指が自分の体にめり込むのは気持ちのいいものではないのだろう、目をそらす。
俺はスクアーロの肩に触れた。
冷たい感触。
俺は、やっとこれが俺だけの幻覚でないことがわかった。
目を白黒させて震える綱吉にスクアーロは手を見つめながらまた口をぱくぱくさせる。
“やっぱおれからはむりかあ”
綱吉は泣きそうな瞳で俺を見上げた。
「これ、どういうことですか……?」
正直、俺もわからないとしか言いようがない。
こうなってる本人もよくわかっていないのだ。
つまり、説明のしようがない。
「知らん」
「そんな!?」
じろりと睨めば口篭もる綱吉は何かをごにょごにょ呟いている。
その間にも、スクアーロはどうにかして缶を持とうとしているのか、掴んでみたり、転がそうと押したりと無駄な行動をしていた。
それに気づいた綱吉は慌てて拾い上げた。
スクアーロは少し悔しそうにそれを見届けると立ち上がる。
向こうから、綱吉を探す声が聞こえた。
振り返れば、そこには数人の綱吉の「友達です」――友達らしい面々が俺を睨んだりしている。
何かをぎゃーぎゃー騒ぐやつがいれば、俺を笑いながらにらんで来るやつもいた。
名前は忘れたが、確か嵐の守護者と雨の守護者だった筈だ。
雨の守護者に気づいたのだろう、スクアーロが途端に表情を険悪にする。
しかし、誰一人として、スクアーロに視線を向けるものはいない。
そのことに気づいた綱吉はきょろきょろとスクアーロと守護者共を見比べている。
「山本、獄寺くん……その……見える?」
「は?」
「何がですか?」
「……ん……いや、なんでもない……」
どうやら、俺と綱吉だけにスクアーロが見えることに気づいたのだろううなだれて見せた。
その様子に、嵐の守護者は何か勘違いしたらしく、俺に食って掛かる。
それを綱吉は止めながら、病室にいくように促した。
スクアーロはまだ雨の守護者を睨んでいる。
それでも、俺が歩き出せば視線をそらしてついてきた。
ただ、ふっと見れば。
足元のアルコバレーノがこちらを見ていた。
「俺には見えてない」
目が合った瞬間、アルコバレーノはふいっと目をそらす。
「ただ、9代目は昔、死者を見たことことがあるらしい」
アルコバレーノはそれだけ言うと綱吉達の後を追っていった。
俺は、スクアーロを見た。
スクアーロは、アルコバレーノの声が聞こえていなかったのか、立ち止まった俺を不思議そうに見ていた。
俺はスクアーロにもう一度触れる。
“んだよ”
と口をぱくぱくさせる。
やっと、それで俺は確信した。
ああ、これはスクアーロなのだと。
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