「おかえりなさい」
ルッスーリアが俺を迎える。
後ろにいるスクアーロにはやはり気づかない。
気づけば、ルッスーリアならば必ずその名を呼ぶ筈だった。
その名を呼び、恐らく笑いながら泣いて、スクアーロを罵りながら抱きしめるだろう。
昔、それと同じことをしたのだから、きっと、今回も同じことをするだろうと俺は確信している。
歩きながら、スクアーロはルッスーリアにも触れる。
やはり、触れなかったようだ。
スクアーロはじっとルッスーリアの笑顔を見て、妙に沈んでいた。
ふてくされたような顔で、ついてくる。
途中、ゴーラとすれ違った。
スクアーロは神妙な顔でゴーラのマスクに触れる。
やはり、貫通した。
そのことを確認し、いきなりマスクに顔を突っ込んだ。
俺が一瞬呆気にとられると、顔を抜き、俺を見て口をぱくぱくと動かす。
“まっくらでなにもみえねえ”
恐らく、前前から気になっていたのだろう。
少し残念そうにゴーラを振り返るとやっぱりついてくる。
さっきまでの顔はどこにいったのか。
そのまま歩いていると、ベルともすれ違う。
ベルは俺に何も言わなかった。
ただ、ぼーっと虚空を見つめている。
スクアーロは、手をぶんぶんと顔の前で振った。
当然反応は返ってこない。
そこへ、マーモンが歩いてきた。
マーモンは、見上げた。
ベルを見上げたのかと思えば違う。
スクアーロを見ていた。
ベルも、ゴーラも、ルッスーリアも、レヴィも見えなかったというのに。
ただ、目の前のマーモンだけが、スクアーロを見ていた。
その瞳には何も写っていない。
虚空だけの筈だった。
それなのに、スクアーロを捉えて離さない。
スクアーロは、それに気づいてマーモンを見た。
見詰め合う。
「スクアーロ?」
疑問の声。
ベルが反応した。
マーモンを見る。
マーモンは、首を傾げる。
スクアーロと見詰め合ったまま。
「マーモン?」
ベルが呼びかけると、ふいっとマーモンは目をそらす。
「ん、ごめん、気のせいだった」
それでも、マーモンはちらちらスクアーロのいる辺りを見ていた。
スクアーロは、そっとマーモンへと手を伸ばす。
いとおしげに、屈んで、その手で、頭に触れて、やはり触れられなくて。
それでも、額にキスをしてみせた。
マーモンは、虚空に小さく手を伸ばし、スクアーロの手に触れようとする。
しかし、触れられなかった。
マーモンは不確かにばたばたと手を動かす。
スクアーロが立ち上がっても、虚空に触れようと。
「マーモン、何してるの?」
ベルが訝しげに言うと、マーモンは悔しそうになんでもないと言う。
俺が歩き出すと、スクアーロはついてきた。
マーモンはもう、スクアーロを見ていない。
いや、最初から見えていなかったのだろう。
なんとなく、なんとなく感じとっただけなのだろう。
俺は、スクアーロへと手を伸ばす。
やはり、触れた。
なぜ、俺だけが触れられるかわからない。
もしかしたら、これは俺の幻覚なのかもしれない。
触れてると思うのも幻覚で、俺の記憶がスクアーロを形作っているだけなのだろうか。
あまりにもリアルな幻覚。
“ぼす”
口がぱくぱくと動く。
“これゆめじゃないよな?”
似たようなことを思ったのだろう、スクアーロは俯いて聞いた。
俺は何も答えない。
ただ、背を向けて歩き出した。
寝てしまおう。
もしかしたら、おきれば全て夢だったかもしれない。
朝起きればスクアーロは消えていて、俺はまたあの病室に行くのだろう。
スクアーロは、とっとと部屋に帰ってベットに入る俺を見て、奇妙な顔をした。
そして、また、口をぱくぱくさせる。
俺はわざと唇を読まなかった。
目を閉じる前に、スクアーロが、俺に指を伸ばす。
顔を近づける。
俺は目を閉じた。
唇の感触は額にこない。
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