fantasma



 スクアーロのバカが化けて出てきやがった。
 死んで化けて出るならまだわかるというのに、わざわざ生きてるのに化けてきやがった。
 このバカのことだ。
 いつまでも起きない自分の体に我慢ができなくなったのだろう。
 しかも、そのことに自分では気づいてなかったらしい。
 俺が言ってやれば納得したようで、自分の体へ近づいていく。
 じっと、自分の寝顔という珍しいものを見つめながら、自分の顔に触れる。
 なんとも、異様な光景だった。
 スクアーロが、スクアーロの顔に手をうずめているのだ。
 そのまま、二人のスクアーロは一人に戻るのだろうか。
 戻って、起きるのか。
 俺は微かに期待した。
 しかし、顔に肩までうずめたスクアーロはこれまた珍妙な顔をする。
 俺から見ればわかることだが、スクアーロの手はベットに貫通していた。
 間抜けな光景だった。
 こっちを向いたスクアーロが、ぱくぱくと口を動かす。

“だめだ”

 首を2,3度振る。
 そして、俺へと歩いてくると、もう一度俺に触れる。
 指先が少し俺にめり込んだところで手を引いた。
 今度は、俺がその指を掴む。
 冷たい感触だった。
 それでも、指の長さも、爪の形もわかる。

“なんでてめえはふれられるんだあ?”

 口がそうぱくぱくと動く。

「言っとくが」

 俺はそいつの口を指差す。

「声、聞こえてねえぞ」

 きょとんっとした顔。
 口が、動く。
 早口に動かすせいで読み取れない。
 俺はとりあえずそいつの頭を掴むと近場の壁にたたきつけた。
 しかし、壁をすかっと半分突き抜けそいつは止まる。
 壁に半分めりこんだ男というのは妙に滑稽で俺は手を離した。
 スクアーロはまだ不思議な顔をしている。
 そして、そのまま壁の向こうへ顔をつっこみ、そして帰ってきた。

「喋るんなら、ゆっくり喋れ」
 
 俺がそういうと心得たようにゆっくり唇を動かす。

“わかった”

 ふっと、気配。
 病室から出ると、レヴィがこちらへ歩いてきていた。
 俺を見つけると頭を下げる。

「ボス、お迎えです」

 俺の後ろで、スクアーロがレヴィを見ていた。
 レヴィは表情ひとつ変えない。

「おい」
「はい」
「俺の後ろに誰かいるか?」

 そう聞くと、一瞬不思議な顔をしたが、気配を探るようにきょろきょろ見回し、

「誰もいません」

 そうきっぱりと告げる。
 後ろで何かスクアーロがばたばたやっていた。
 このバカのことだから「どこ見て言ってんだボケ」「俺はここだ」とわめいているのだろう。
 しかし、レヴィはスクアーロを無視している訳がない。
 こいつは馬鹿正直なまでに俺に忠実だ。

「なら、帰るぞ」

 俺は手でスクアーロについてこいと促した。
 一瞬、スクアーロは病室を振り返る。
 そこには自分の体があるからだ。
 体から離れたくないのか、それなら置いていこうと歩き出すと、すたすたとついてくる。 
 体に未練はないのか、どこか嬉しそうに。
 そういえば、さっき体が壁にめり込んだが、床にはめりこまないのだろうか。
 俺がそう思っているとスクアーロも思ったらしく、足で床をつっつく。
 すると、すかっとつま先がめり込んだ。
 足をあげる。
 下ろす。
 足はめり込まない。
 つま先で床を叩く。
 めりこまない。
 あげる、おろす、めりこむ。

「ボス?」

 思わずその光景に見入っているとレヴィが不思議そうに声をかけてきた。
 スクアーロが見えない人間にとって、俺の行動の方がおかしいだろう。
 なんでもないと言い、早足で歩き出すとスクアーロも早足で歩き出す。
 床に足はめり込んでいない。
 横に並んだスクアーロの肩に歩きながら触れてみた。
 冷たいが、感触はある。
 体にめり込んだりはしない。 
 俺が手を引くと、今度はスクアーロが触れる。
 指先はめり込む。
 何度も、触れるが、一度もスクアーロは俺に触れない。
 不機嫌そうに、今度はスクアーロはレヴィに触れた。
 やはり、めり込む。
 スクアーロは、拳を作り、何度もレヴィを殴る。
 そのたび手は体を貫通する。
 俺はその光景が妙に不気味に思え、スクアーロをこちらに呼ぶ。
 そして、ぶんっと拳を振った。
 俺の拳はスクアーロを貫通せずスクアーロの頭が揺れる。

“いてー……”

 と口を動かし、頭を抑える。
 痛覚はあるようだ。
 そのまま外へ出ると、車がとめてある。
 俺はどかっと後ろに乗ると、するっとスクアーロはドアも開けず助手席に乗り込んだ。
 やはり、違和感がある。
 スクアーロはシートに座り、そしてシートに触れてみる。
 手はシートを貫通しなかった。
 そう思えば、じわりっと手はシートを貫通する。
 今度はシートの調整をするレバーへ手を伸ばす。
 レバーに触れるようだが、動かせない。
 力をこめているようだが、びくとしもしない。
 俺は、レヴィに助手席のシートを少し動かすように言った。
 レヴィは不思議そうな顔をするが、スクアーロの体を通り抜けてシートのレバーを軽々動かした。
 スクアーロはなぜか屈辱そうな顔をしたものの、大人しく座っている。
 車が動き出した。
 俺はスクアーロの後ろ頭を見ながら、ぼんやり考える。
 なんなんだ、こいつは。





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