fantasma



 その日も、スクアーロは起きなかった。

「元気、出してください」

 隣に立つ綱吉がそう俺に声をかける。
 俺をうかがうように見上げる綱吉を睨み付けるとひぃっと悲鳴。
 相変わらず臆病な綱吉を、部下が呼ぶ。

「部下じゃないです。友達です」

 超直感で感じ取ったのだろう、そう訂正すると俺に頭を下げ、走っていった。
 ちらりと振り返ると、やはりスクアーロは起きていない。
 近づいて、その髪に触れる。
 さらさらと手触りのいい髪。
 今日も、スクアーロは起きはしない。
 あの日から、何をしても起きない。

「スクアーロ」

 呼んでも、

「スクアーロ、おきろ」

 ゆすっても、
 
「スクアーロ」

 反応すら、ない。

「起きろ」


“二度と、おきないかもしれない”


 医者の言葉が頭に響いた。
 まさか、そんな筈はないとルッスーリアが叫ぶ。
 苛立ったベルが病室を飛び出した。
 マーモンは押し黙り、ゴーラはベルを追いかける。
 レヴィは笑っていた。
 俺は、どんな表情をしていたのだろうか。
 窓を見れば、そこには滲む赤い空。
 そろそろ、レヴィが来る頃だろうと背を向ける。
 一度だけ、振り返った。
 振り返ればそこでスクアーロが起き上がっている。
 そんな妄想。
 まさか、起きている筈がない。
 だが、ただ、振り返ればそこで、起き上がったスクアーロがあの笑みを浮かべ。

“なあに情けない顔したんだあ?”

 と聞いてくる気がした。
 しかし、振り返ったスクアーロはやはり眠るように。
 くだらないことをした。
 廊下を歩きながらそう思う。
 目を一度閉じ、頭からスクアーロを追い出す。
 いつまでも起きない人間のことを考えてもしかない。
 そして、目を開ければ。


 銀色の幻覚。


「…………」

 目線の先。
 長い銀色が揺れる。
 笑っていた。
 笑って、そこで待っていた。
 壁にもたれかかり、俺に向かって手を振る。
 さっきまで、病室のベットに寝ていた筈の男が。
 スクアーロが、そこにいた。
 黒いあの制服を身にまとい、存在している。
 ぱくぱくと何か口を動かす。
 その口の動きが

“よおぼす”

 と言っているように見えた。
 ありえる筈がない。
 目を閉じ、開ける。
 それでも、そこにいた。
 近づけば、幻覚は逃げない。
 ただ、待っていた。
 俺が手を伸ばす。
 待ち受けるように壁から体を離した。
 その首に触れる。
 温度のない首。
 細い、少し力を入れれば折れるような。
 ぱくぱくと、口が動く。
 まだ、笑っている。

「聞こえねえ」

 そして、噛み付くようにキスをした。
 スクアーロの腕が伸びる。
 その腕が、俺の肩をかすった。
 驚いたように、目が見開かれる。
 唇も、やはり冷たい。
 ただ、感触は、知っていた。
 唇を離せば、スクアーロは目を見開き、自分の両手を見ている。
 そして、その手を俺に近づけた。
 肩に触れた手が、俺の肩にめり込んでいく。
 視覚的にあまり気持ちのいいものではない。
 だから腕を掴んで俺の肩から離してやった。
 やっぱり、自分の手を見て、首を傾げる。
 俺はその腕をつかんだまま、来た道を引き返す。
 病室までそいつを引きずれば、やはり、そこにスクアーロはいる。
 スクアーロは、立ち尽くす。
 呆然と、呆然と。
 横たわる自分を見つめ、困惑した瞳で俺を見る。
 どういうことだと、目が問い掛けていた。
 自分の体を指差し、何度も自分と見比べる。
 見比べる間もなく、同じ顔。
 それでも、わかってない風な顔をしやがるから、言ってやった。

「何、ばけて出てんだ」

 やっと、納得したという顔をした。


 fantasma=幽霊とか幻覚とかそんな意味です。
 生霊スクアーロです。
 死んでません。
 なんとなく仮定とは別の切り口で少し連載。




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