仮定8



「初めまして」

 そのオッドアイの少年はそう笑う。
 拘束されている訳でもないのに動かない体。
 思考がぼんやりする中、男は見下ろしながら少年はクフフっともらした。

「始めまして、スペルビ・スクアーロ」

 返事はできない。
 ただ、男の声を聞くことしか許されていないかのように。
 男は、少年を悪魔かと思う。
 それだけ、少年のまとう雰囲気は、その笑みは、人を離れ、禍禍しいものをまとわせていたからだ。
 ならば、ここは地獄かと。

「言っておきますが、ここが地獄でも、僕が悪魔という訳でもありません」

 まあ、近いですが。
 っと、少年はおかしそうに笑う。

「僕の名前は六道骸」

 男は、どこかで聞いたことがある名前だと思う。
 しかし、思い出せない。
 思考がぼんやりしているだけではなく、耳をかするほどの噂のようなものだったからだろう。

「沢田綱吉側の霧の守護者です」

 その言葉にだけは、強く反応できた。
 睨み付けるように男が目を鋭くさせると少年は意外そうに呟く。

「かなり強く支配したつもりだったのに、まだ抵抗できるんですね」

 それでも、楽しそうに声を漏らして笑う。
 一歩、近づき、まるで瞳を覗き込むように顔を近づけた。
 そこで、男は自分が椅子のようなものに座らされていることに気がつく。

「やはり、貴方は恐ろしい人ですね。正直、駒としても扱い難い」

 殺して、おきたいんですがね。
 間近で見る少年のオッドアイには、何か模様のようなものがあった。それは日本の6を示す漢字だったが、男はわからない。
 少年は手袋に包まれた指で男のあごを持ち上げた。
 じっと、自分の瞳を見せるように視線を合わせる。
 ぼんやりとした頭に、霧がかかっていくように。
 沈む。

「ですが、沢田綱吉は生かせと私に言いました」

 残酷ですよね。
 少年は同意を求める。
 男は答えられない。
 ただ、ぼやける視界の中、声だけが響いた。

「本当に、残酷ですよね。彼は。僕の時もそうでした。無知ゆえの残酷、甘さゆえの非道、純粋さから生まれる醜悪さ。
 少し前までただの少年だったせいでしょうか、それとも、生まれつきなのか
 つまり、彼は、貴方に――生き恥を晒せと言ったのです。
 貴方の誇りをかなぐり捨てさせ、汚させてまで、生きろと」

 残酷ですよね。
 もう一度繰り返す。
 男も、残酷だと思った。
 生きろと、言うのは本当に残酷な選択。
 生きて、どうしろというのか。
 生き恥をさらしてまで生きてどうするというのか。
 負けてまで生きるという選択など、知らないというのに。
 純粋な子供は、生きろと言う。

「クフフ、まったく、まったく彼はわかってないのです。生こそ地獄だと、苦痛だと。死の解放を、ちっとも、ちっとも理解していない。
 その上、たった数分前まで殺し合いを演じていた相手を生かせと言うのです。だから、彼はおもしろい。
 本来ならば、彼の言うことなど聞かなくてもいいのですが、それが気にいってしまいました」
 
 顔が、遠ざかる。
 指が離れ、その指が男の長い髪に触れた。

「いいですか、今、貴方の命は僕が握っています」

 さらさらと、その指から白い髪がこぼれる。
 少年は、今度は耳元に顔を近づけ、告げた。

「僕は、貴方を殺すことは簡単にできます。そう、それこそ今すぐでも。ですが、殺しません。生きてもらいます。
 生きて、生きて生きて生きて生き抜いてもらいます。惨めですね。辛いですか? 苦しいですか? 悲しいですか? 死にたいですか?
 自殺なんてさせません。まあ、やってみればわかりますよ。できませんから」

 残酷ですよね。
 3度目の言葉。
 男の意識はほとんどない。
 殺せと、唇を動かすこともできない。
 ただ、その言葉が男にとって絶望を与える言葉だった。

「恨むなら、沢田綱吉を恨むことです」

 すうっと、その体も離れ、声は、告げるものではなく、ただ、独り言のようなものへと変わった。

「そうだ」

 嬉しそうな声だった。

「貴方には、沢田綱吉の護衛でもしてもらいましょうか。彼は無自覚ですが狙われやすいですしね。
 そう、彼を守る。屈辱でしょうね。貴方が忠誠を誓った相手以外を守るなんて」

 声に、悦びが混ざる。
 まるで、子供がイタズラを思いついたかのようなそんな嬉しそうな声。

「どうせなら貴方は沢田綱吉の信頼を得ればいい。信頼を得て、そして、いつか裏切ってもらいましょう、クフフ。
 彼の目の前で。彼の仲間を殺してもらいましょう。きっと、沢田綱吉は悲しむでしょうね。傷つくでしょうね」

 ああ、楽しみだ。
 少年は、おかしそうに、おかしそうにおかしそうに笑う。

「クフフ、いい表情ですよ。しかし、生き地獄は、これからです」

 男の意識は、その言葉を最後に、沈没した。





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