白い髪。
 同じ顔が、3つ。
 覗き込む瞳も白い。
 6つの双眸が自分を見ていた。
 白い。
 それは、全ての色を拒絶したがごとく。
 それは、一切の介入を廃絶したがごとく。
 香水でも、女の匂いでもなく、消毒液のような香り。
 清潔で、吐き気を催しそうだった。

「覚醒しましたか、兄さん」

 同じ顔の一つがそう言った。

「俺はぁ、お前らの兄なんかじゃねえ」

 怒鳴りたかったが、傷が痛むので後半はかすれていた。

「いいえ、同じ遺伝子で構成され、同じ材料で創作され、同じ工場で生産され、同じ手法で育成され、同じ管理人の元、一定期間まで管理されていた相手を兄と呼ばずなんと呼ぶのですか?」
「……てめえら完成品だろうが」

 はき捨てるようにそう言った。
 完成品。
 感情と自我を切り捨てられ、思考すら枠に嵌められた人形。
 最初から最高の状態であり、それが最善であり衰えることも老いることもない。
 工場で生産された、違う物が何一つない人形。
 そう、たった一つの例外を除いて。

「そうです。そして、兄さん、貴方は未完成品であり――成功作でもあります」
「成功だあ?」
「はい、機関は貴方を一つの成功作とみなしました」
「いくら廃棄し、他人の手に渡ったとはいえ、機関は貴方が不始末を起こさないかと心配しました」
「それも、スポンサーの一つであるボンゴレファミリーのゴッドファザーの息子ならば尚更です」
「ですから、機関は貴方に監視をつけ、情報を逐一収集した結果、機関は貴方を成功作とみなしました」
「機関は、貴方をサンプルと認め回収を私達に命じました」
「それが貴方が死ななかった理由です」

 同じ顔が、同じ声で順番に喋る。
 その光景には吐き気がした。
 あまりにも異質なだけではなく、思い出すからだ。
 そう、あの時、あの瞬間まで忘れていた。
 自分が、この同じ顔と同じようにそれこそ同じ遺伝子で構成され、同じ材料で創作され、同じ工場で生産され、同じ手法で育成され、同じ管理人の元、一定期間まで管理されていた人形。
 その中の過程で、実験としていじられた。
 より良きものを。より求められる物を。より強く、より素晴らしい物を。
 そうあれとそうでなければいけない筈だった。
 しかし、実験は失敗した。
 間違いとして、失敗作として生まれてしまった。
 何もかもが同じでありながら、最も求められる部分が欠けてしまった。
 いらないと。失敗作と。間違いだと。

「ふざけんな」

 捨てられた。
 捨てたくせに、今ごろなんなんだ。
 サンプルだと? 
 また、あそこに戻れと。
 白い、あの、真っ白な気持ちの悪い場所に帰れと。
 そう、言うのか。

「戻るくらいなら死んでやる」

 その言葉に、表情ひとつ代えず同じ顔が言う。

「そう、それです」
「貴方は、死ぬと言った」
「拒絶した」
「嫌悪した」
「その感情こそ、私達にないものです」
「死を自ら望むなど、拒絶するなど、嫌悪するなど、私達には存在していません」
「貴方は成長し、感情を所有し、死を望み――人を愛せた」
「私たちには絶対にないもの」
「それは、驚嘆に値します」
「なにが作用しそうなったのか」
「誰が貴方に影響を与えたのか」
「どの時期で、人を愛せたのか、それを知りたいのです」

 白。
 同じ顔が言葉を紡ぐ。
 こみ上げる嫌悪感に、思わず目を閉じた。
 目を閉じれば思い出すのは、自分を拾った男、自分を育てた大人達、共に育った子供、傍にいた学友、手間をかける同僚、自分を倒した子供。
 ぐるぐると回っていく。
 じわりと両眼から何かが湧き上がる。
 起き上がろうとした。
 その瞬間、自分の四肢が拘束されていることに気づく。
 厳重なことだ。
 痛む体が引き戻される。

「貴方は、泣けるのですね」

 白い指が触れた。
 自分の物と違う細い少女の指。
 泣いてないと呟けば、目じりに触れられた。
 ゆるりと、その指が遠ざかる。

「兄さん」
「俺は、てめえらの兄なんかじゃねえ」

 俺は、俺だあ。
 ぶちりと。
 拘束が切れる。
 少女の顔が歪む。

「どこへ、行くのですか?」

 立ち上がった体が悲鳴をあげる。
 それでも足を動かした。
 気持ちが悪くなる程白い部屋。
 自分の着ている服すら白い。

「帰るんだよ」
「どこに帰るというのですか?」
「もう、貴方の帰る場所は――」   

 とめようとする体を跳ね除ける。 













「俺が死んでもいい場所が、俺の帰る場所だあ」














「私には理解できません」
「理解しろなんて、言ってねえ」
「ですが、理解したいと思います」
「理解したいと、思ってしまいます」
















「なぜでしょう、貴方をうらやましいとすら思うのです、兄さん」





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