仮定5



 ぼす。
 私、休みがほしいの。
 この怪我だし、負けちゃったし、私は使えないでしょ?
 だから長い長いお休みがほしいの。
 有給も残ってるし、貯金もあるから心配はいらないわ。
 どこに行くかって?
 そうね、フランスとか行ってみたいわ。
 前に仕事行ったんだけど、ろくに観光もできなかったし、料理も楽しめなかったから。
 後、パリとかいいわね。
 ロンドンとか、行きたいところはたくさんあるわ。
 しばらくイタリアには帰らないでしょうね。
 とにかく、どこか遠くへ行こうと思うの。
 止める?
 止めてもいいわ。
 それでも、私はいくから。
 あの子を連れていくわ。
 とめないで。















「もう、疲れたでしょ?」

 かもしれね。








 頬に雫が落ちてきた。








 スクアーロが目を覚ますと、目の前にルッスーリアがいた。
 松葉杖をつき、包帯だらけの体で笑っている。
 その笑顔が、昔見たものと同じことにスクアーロは思わずため息をついた。
 変わらないものはないというが、スクアーロにとってこの笑顔だけは変わることはない。
 上からみるような、そんな笑顔なのに見下されている訳でもなく、苛立ちもむかつきも感じない笑み。
 それは、幼い時からあったもの。
 当たり前で、身近なもの。

「痛い?」

 いてえっと呟きかけて体が軋む。
 いつもならばここで強がるのだが、なぜかその瞬間は口から漏れた。
 ぴちょんっと雫。
 今度は額に落ちる。
 スクアーロの目が闇に慣れた頃、よく見るとルッスーリアがびしょぬれのことに気がついた。
 巻かれた包帯も乱れて少しズレている。
 ぴちょんっと、また雫が落ちた。
 そこで、スクアーロは自分もびしょぬれだということに気がつく。

「覚えてる?」
 
 ルッスーリアは聞く。
 自分に何があったか、どうしてこうなっているか、わかるかと。
 スクアーロは、少しズレた思考で思い出した。
 負けて、そして、死んだ筈だった。
 そう、鮫に食われて。
 どうして、ここにいるのか。
 何が起こったのか、わからない。
 水に落ちた瞬間。
 あの鮫と目があった瞬間。
 死んだと思っていたのに。

「言っとくけど、鮫を倒したのは貴方よ」

 怪我人のあたしがそんなことできると思う?
 顔に張り付く髪を払いながら、ルッスーリアは屈んだ。
 そして、スクアーロの顔に張り付いた髪も払う。
 目の前のルッスーリアは笑っていた。
 笑っていたが、今にも泣きそうに。

「でも、不思議ね。無理なのに、貴方を助けにきてしまったわ」

 塗れた手が、濡れた頬に触れる。
 スクアーロは温かいと思った。
 冷え切ったスクアーロの体が、寒いと訴える。

「貴方、鮫の横に浮いてたのよ。半分くらい食べられてたのに鮫を串刺しにして、本当に昔から無茶ばっかりやる子ね」

 人口呼吸してあげたわ。
 そう言って唇に触れた。
 うげっとスクアーロが顔をしかめた。
 表情を動かすだけで体は痛む。

「嘘よ。貴方気絶してたみたいだから水は全然飲んでなかったの」

 頬を打つ雫。
 寒いと、スクアーロは震えた。

「ねえ」

 ルッスリーアは松葉杖を放り出して両手でスクアーロの頬を包む。

「どこか遠くに行きましょうか?」

 じんわりとした熱が伝わる。

「にげ、んのか?」
 
 搾り出した声。
 深く息を吸えばじわりっと、喉に水の味。
 ほとんど飲んでいないと言ってもいくらか口に入っていたらしく、スクアーロは顔を顰めた。

「違うわ、休暇よ」

 この怪我に、それにあっちに負けたから。
 そのセリフにスクアーロは更に顔をしかめる。
 それはスクアーロも同じだったからだ。
 負けて、そしてひどい怪我で。
 そんな体で、今、2人が所属している場所にいられるほどそこは甘い場所ではない。

「一緒に、どこか遠くに行きましょう。私、フランスとか行きたいわ」

 フランスかぁっとスクアーロはとぎれとぎれ答える。
 目を閉じて、いいなあっと答える。
 
「一緒にきてくれる?」

 目を閉じたスクアーロの頭を抱え、ルッスリーアは問い掛ける。
 そのまま、体も一緒に起こし、抱きしめる。
 スクアーロの体は冷たかった。
 ルッスリーアの体は温かかった。
 そして、どちらもびしょぬれで。

「いってやるよお」

 しょうがねーなーっと。
 スクアーロは右手で自分を抱きしめるルッスーリアの頬に触れた。












「るっすといっしょなら、どこにでもいってやるよお」













 どこか、遠いところへいこう。





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