ぼす。
私、休みがほしいの。
この怪我だし、負けちゃったし、私は使えないでしょ?
だから長い長いお休みがほしいの。
有給も残ってるし、貯金もあるから心配はいらないわ。
どこに行くかって?
そうね、フランスとか行ってみたいわ。
前に仕事行ったんだけど、ろくに観光もできなかったし、料理も楽しめなかったから。
後、パリとかいいわね。
ロンドンとか、行きたいところはたくさんあるわ。
しばらくイタリアには帰らないでしょうね。
とにかく、どこか遠くへ行こうと思うの。
止める?
止めてもいいわ。
それでも、私はいくから。
あの子を連れていくわ。
とめないで。
「もう、疲れたでしょ?」
かもしれね。
頬に雫が落ちてきた。
スクアーロが目を覚ますと、目の前にルッスーリアがいた。
松葉杖をつき、包帯だらけの体で笑っている。
その笑顔が、昔見たものと同じことにスクアーロは思わずため息をついた。
変わらないものはないというが、スクアーロにとってこの笑顔だけは変わることはない。
上からみるような、そんな笑顔なのに見下されている訳でもなく、苛立ちもむかつきも感じない笑み。
それは、幼い時からあったもの。
当たり前で、身近なもの。
「痛い?」
いてえっと呟きかけて体が軋む。
いつもならばここで強がるのだが、なぜかその瞬間は口から漏れた。
ぴちょんっと雫。
今度は額に落ちる。
スクアーロの目が闇に慣れた頃、よく見るとルッスーリアがびしょぬれのことに気がついた。
巻かれた包帯も乱れて少しズレている。
ぴちょんっと、また雫が落ちた。
そこで、スクアーロは自分もびしょぬれだということに気がつく。
「覚えてる?」
ルッスーリアは聞く。
自分に何があったか、どうしてこうなっているか、わかるかと。
スクアーロは、少しズレた思考で思い出した。
負けて、そして、死んだ筈だった。
そう、鮫に食われて。
どうして、ここにいるのか。
何が起こったのか、わからない。
水に落ちた瞬間。
あの鮫と目があった瞬間。
死んだと思っていたのに。
「言っとくけど、鮫を倒したのは貴方よ」
怪我人のあたしがそんなことできると思う?
顔に張り付く髪を払いながら、ルッスーリアは屈んだ。
そして、スクアーロの顔に張り付いた髪も払う。
目の前のルッスーリアは笑っていた。
笑っていたが、今にも泣きそうに。
「でも、不思議ね。無理なのに、貴方を助けにきてしまったわ」
塗れた手が、濡れた頬に触れる。
スクアーロは温かいと思った。
冷え切ったスクアーロの体が、寒いと訴える。
「貴方、鮫の横に浮いてたのよ。半分くらい食べられてたのに鮫を串刺しにして、本当に昔から無茶ばっかりやる子ね」
人口呼吸してあげたわ。
そう言って唇に触れた。
うげっとスクアーロが顔をしかめた。
表情を動かすだけで体は痛む。
「嘘よ。貴方気絶してたみたいだから水は全然飲んでなかったの」
頬を打つ雫。
寒いと、スクアーロは震えた。
「ねえ」
ルッスリーアは松葉杖を放り出して両手でスクアーロの頬を包む。
「どこか遠くに行きましょうか?」
じんわりとした熱が伝わる。
「にげ、んのか?」
搾り出した声。
深く息を吸えばじわりっと、喉に水の味。
ほとんど飲んでいないと言ってもいくらか口に入っていたらしく、スクアーロは顔を顰めた。
「違うわ、休暇よ」
この怪我に、それにあっちに負けたから。
そのセリフにスクアーロは更に顔をしかめる。
それはスクアーロも同じだったからだ。
負けて、そしてひどい怪我で。
そんな体で、今、2人が所属している場所にいられるほどそこは甘い場所ではない。
「一緒に、どこか遠くに行きましょう。私、フランスとか行きたいわ」
フランスかぁっとスクアーロはとぎれとぎれ答える。
目を閉じて、いいなあっと答える。
「一緒にきてくれる?」
目を閉じたスクアーロの頭を抱え、ルッスリーアは問い掛ける。
そのまま、体も一緒に起こし、抱きしめる。
スクアーロの体は冷たかった。
ルッスリーアの体は温かかった。
そして、どちらもびしょぬれで。
「いってやるよお」
しょうがねーなーっと。
スクアーロは右手で自分を抱きしめるルッスーリアの頬に触れた。
「るっすといっしょなら、どこにでもいってやるよお」
どこか、遠いところへいこう。
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