「あーあ」
若きドン・ボンゴレはため息をついて机に突っ伏した。
がらんっとした広い部屋にはドン・ボンゴレただ一人。
たった数分前までは、彼の遠すぎる親戚にあたる男と、その部下だった、そして部下へと戻った男が入れ替わりにいたというのに。
今は一人。
寂しいと、ドン・ボンゴレは思った。
そんなことを口にすれば、あの恐ろしい家庭教師に怒られるだろうが、そう思わずにはいられない。
「ほしかったのになあ」
べたーっと腕まで伸ばして机に張り付くと愚痴を漏らし始めた。
「絶対さ、10年もすればほだされると思ったんだけどなー」
ドン・ボンゴレは思う。
これは賭けだったと。
そう、自分との賭け。
10年、それは自分が自分にかした期限。
その期間の中で、彼がもしもほだされてくれれば、自分を選んでくれれば、相手が何を言っても返さない気だった。
しかし、10年間、少しは彼も心を開いてくれただろうが、決してドン・ボンゴレを選びはしなかった。
心を動かしてはもらえなかった。
手に入れられなかった。
悪童とまで呼ばれた男さえ丸め込めたというのに。
完全な敗北だった。
正直、ドン・ボンゴレは傷ついている。
ごろごろと机に顔をすりつけながら後悔した。
手放せば、惜しくなる。
自分をそれほど貪欲な人間ではない方だとドン・ボンゴレは思っていた。
思っている通り、それほど彼は人や物に執着しない。
むしろ、来るものは(怖ければ)拒むし、去るものは追わない。
それが、過去にドン・ボンゴレが身につけた保身術。
「ツナー」
扉が開いて、部下、というよりも友人と言った表情の男がその様子を見て笑った。
「なにやってんだ」
むくりっと、顔だけ起こしてドン・ボンゴレは10年経っても淀むことも濁ることもない友人の顔を見た。
友人は、どうした?と急かすでもなく、待っている。
きっと、言いたくなければ軽く流してくれるだろう。
「スクアーロさ」
「ああ、そういえば今日は近くに気配感じねーけど、任務?」
「ん、違うよ、帰っちゃった」
「へ?」
「帰った。帰っちゃった。あの人のところへ」
ひらひらと手を振ってみせると、ぎょっと表情を浮かべた。
そんな友人の表情は珍しい。
いつも動じず、ほがらかに笑うのが友人の基本の表情。
驚きに表情を変えるということは、ひどく新鮮なものだった。
「帰ったって……あの、えっと……」
「ザンザス」
「そうそう、ザンザスとかいう奴のところへ?」
「そうだよ」
「だって、あいつ、捨てられたんじゃ……」
でも、帰っちゃったっと、ドン・ボンゴレは再び机に突っ伏した。
「せっかくさ、10年間、徹底的にあわせなかったのに……」
ぽつりっと、呟く。
「絶対さー、あの人は日本には二度とこないだろうから、ずるずるイタリア行き引っ張って、その上、情報操作までしてさー……リボーンまで説得したのに」
「おいおい、それだけじゃないだろ」
「うん、イタリアでもこっちにあの人くたび遠くに任務に行かせたりしたんだけどなー、山本にもわざと髪切ってもらったし」
「あれ、絶対伸ばし直したらイタリア帰ってたよな。苦労したぜー、あいつの髪だけ切るの」
「ごめんね、殴られたでしょ?」
「別にー、義手の方で殴られて金属音したけど平気だったし」
はあっと、珍しい友人のため息。
ひどく残念そうな顔の後、いつもと変わらぬ笑みを浮かべた。
「口説き損ねた」
その笑顔に、ドン・ボンゴレの表情が緩んだ。
困ったような、10年前によくした笑みを浮かべてとりあえず体を起こす。
気配を探れば、目の前の友人以外に人はいない。
少し前ならば、こうして気配を探してみれば、あの鋭い気配をわざと感じさせてくれたというのに。
彼は、ドン・ボンゴレが自分のことを怖いと感じていることを知っていて、呼ばれなければ姿を現すことはない。
時折気配を完全に消していることもあったが、そうとい時は超直感ですぐに見つけるので意味はなかったりする。
その気配すらない。
「もう少しがんばってくどいとけばよかったなー」
「……もしかしてさ、週一の試合もできね?」
「できないんじゃないかなー……たぶん、もう傍離れないだろうしー……あの人ココ嫌いだし」
うわーっと、友人は右手で顔を覆った。
その言葉がよほど効いたのだろうまったくショックを隠していない。
ドン・ボンゴレも、その顔に天井を向き、あーっとため息。
「リボーンに、怒られるかも」
結果から言えば。
「う゛お゛ぉい!! ドン・ボンゴレ!!」
「うぇ!? スクアーロ! なにしに……」
「質問は後だあ、外にルッスーリアが車停めてるから逃げろお!!」
「え!? え!?」
戸惑うドン・ボンゴレを担ぎあげ、彼は開け放たれた窓から身を乗り出した。
同時に、すぐ近くで破壊音。
超直感が、危険だと告げる。
「ルッス!!」
「はあい、準備万端よ!」
そして、ドン・ボンゴレは、
「あっ……あれ?」
空を飛んだ。
真っ青な空を背負って。
落ちる。
「ぎゃあああああああ!!」
どーんっと、恐ろしい破壊音。
それが響いた後、ドン・ボンゴレは下で待機していた男にキャッチされた。
そして、半分無理矢理車に詰め込むと、エンジンがかかる。
悲鳴をあげる暇もなかった。
あまり感じたことのないスピードで、道路を爆走。
「ごめんなさいね、ドン・ボンゴレ」
「ななんあなななんなんですかー!!」
「貴方がスクアーロ返してくれたでしょ?
そばらくはそれでボスもご機嫌でおとなしかったんだけど……スクアーロがちょっとドジちゃって」
「え? ザンザスさんが関わってるんですか……」
「そうなの、スクアーロがね、貴方とボスを比べちゃって……ボスが切れたの」
「え?」
「私も詳しくは知らないんだけど、そうとう頭にきたらしくて……殺されることはないかもしれないけど、貴方もボスとまたやりあうのは嫌でしょ?」
すごく嫌です、っとドン・ボンゴレは叫んだ。
そこで、ドン・ボンゴレはやっと痴話喧嘩に巻き込まれたことに気づく。
どうやら、10年の時間は彼らを引き離すまではいかなかったが、多少の溝を作ったらしい。
それも、そうだ。
9代目の意思を引き継いだような穏やかな人間とその正反対と共にすごすのは違う。
たぶん、いくらか齟齬があったのだろう。
その齟齬が引き金で危険な目に合うなんてっとドン・ボンゴレは嘆いた。
「とりあえず、ボスもスクアーロボコボコにすれば気も晴れるでしょう、だから、少し我慢してね」
ボコボコに。
ドン・ボンゴレの心が動いた。
「あの、るー……」
「ルッスリーア、ルッスでいいわ」
「ええ、あの、とめていただけませんか?」
「ここまできたらいいけど……どうしたの?」
「ちょっと、ザンザスさんを止めてきます」
「え?」
ドン・ボンゴレは走ってる車のドアを開けた。
そして、その手には十代目の証たるグローブを身につけ。
飛んだ。
炎が揺れる。
すたっと着地し、走り出す。
炎の推進力を小道を車と同じ程のスピードで駆け戻る。
戦場と逃げる以外に使うのは初めてだと気づいて苦笑。
角を曲がった先。
「山本と、ディーノさんも呼ぼうかな……」
壁がぶち抜かれた屋敷を見て、ドン・ボンゴレはそう呟いた。
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