「どうしたんですか、ザンザスさ……えっと、ザンザス、まるで幽霊にでも出会ったような不機嫌さですね」
10代目ドン・ボンゴレは、にこやかな笑顔でそう聞いた。
聞かれた相手は、ますます不機嫌そうに顔をしかめる。
ただし、それは普段から不機嫌そうな顔であるせいか、ドン・ボンゴレしかわからないほど些細な変化だった。
「謀ったな?」
ドスの聞いた声で問い掛ければ、ドン・ボンゴレは怖いなあっと怯える。
これが表面だけではなく、心から怖がっているのは、ボスとしてどうなのだろうかと考え、すぐに打ち切った。
それよりも、聞きたいことが山ほどある。
だからこそ、男はまず頼まれていた書類を突きつけた。
ドン・ボンゴレはうかがうような小動物の目つきで書類を受け取る。
そして、書類を確認する間にも、じっと上目遣いで男を見ながら、はい、これでいいです、ありがとうございました。と頭を下げた。
まったく威厳のない動きに男は、少しだけ沈黙。
あまりにも聞きたいことが多すぎてどれを先にするべきか迷ったからだ。
しかし、それより早く、ドン・ボンゴレは口を開く。
「簡単なことです」
さっきまで怯えていたとは思えない表情で、告げる。
「ただ、生きていた。それ以外になにがありますか?」
まるで、先を読んでいるかのような笑顔。
この笑顔を、男は知っていた。
男の父親も、こんな笑顔で物事を見透かし笑う。
それは、超直感を持つゆえの余裕なのか、男はそう思ったが、同じ超直感を持つというのに自分にこんな穏やかにはなれないと考えを打ち消す。
「そして、あなたが要らないから、俺が救った。それだけです」
男は何も言わなかった。
それに納得したのか、聞く気がなくなったのかはわからない。
ただ、短く
「そうか」
と呟いた。
そのまま、ドン・ボンゴレに背を向ける。
やはり、ドン・ボンゴレは笑っていた。
男は笑わない。
そのまま部屋から消えてしまった。
「聞いてたね、スクアーロ?」
一声、それだけ呼びかければ、男が出ていったドアから銀髪の男が入ってくる。
「……」
「どうだった、10年ぶりの再会は?」
銀髪の男は何も言わない。
ただ、立っていた。
次の言葉を待つように何も言わない。
長い長い銀髪に、鋭い眼光、ドン・ボンゴレは10年前を思い出す。
今はただの黒服だったが、あの、黒い制服さえ着ていれば、本当に、10年前のようだった。
ただし、あの頃は饒舌だったが。
「俺、てっきり帰るものだと思ってた」
あるいは、殺すかと思ったと。
どちらがどちらをとは言わなかった。
銀髪の男は、はっとはなで笑う。
「なんでそう思ったんだよ」
ドン・ボンゴレは複雑な顔で笑った。
余裕のない、子供のような表情。
「あなたは、まだあの人のものだから」
あの頃と同じだけ伸びた髪。決して白い服をまとわず、年をとっていない訳ではないが、まるで、時を止めたかのように彼は変わっていなかった。
その、鋭い眼差しもやはり、変わらない。
10年、ドン・ボンゴレと彼は共にいた。
別に、傍にいた訳でも、寄り添った訳でもなく、ただ、時折同じ時間を過ごすだけだった。
10年間、見ていた。
四六時中という訳でも、監視していた訳でもなく、時折見つけては目で追いかけた。
変わらない様を。
何一つ、変わらない彼を。
「世話に」
なったな。
と、彼は言う。
ドン・ボンゴレは目を伏せた。
彼が出て行くところなど見たくなかったからだ。
それでも、ドン・ボンゴレの超直感は克明に彼が歩き、そしてドアを閉めることを告げる。
そして、何気ない風を装って男に追いつく。
きっと、2人とも何も言わないだろう。
ただ、当たり前に歩く。
お互いのいない10年なんか、なかったかのように。
一瞬で、時間など埋めて。
いや、埋めるのではない。
きっと、ただ動き出すだけだ。
止まっていた時間が、ただ再び動き出すだけ。
たった、それだけの行為でしかない。
ドン・ボンゴレは、男に救ったと言った。
しかし、それは嘘だと理解している。
救えるものじゃない。
救える人は、たった一人しかいない。
時を止められるのも、時を動かせるのも、捨てるのも救うのも、たった一人しかできやしない。
「こちらこそ、お世話になりました」
ドン・ボンゴレは静かにそう言った。
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