仮定15



 俺は大変なことに気づいてしまった。
 それは酷く不快で重要で、俺の人生を一生左右すること。
 気づいた時には遅かった。
 なにもかもが遅くて気持ち悪い。
 そう、なにがあったか思い出すだけで寒気がする。
 なんとまあ、驚いたことに、朝がこなくなってしまったんだ。
 朝目を明けたら、まだ夜だった。
 早く起きすぎてしまったのかと思えば、違う。
 だって、時計を見れば朝の9時。
 いくらなんでも日が昇ってないとおかしいだろ、時差があっても。
 慌てて起き上がって廊下を歩いていたら、ひょっこりマーモンが現れた。
 そういえば今日はマーモンの試合の日じゃん。

「おはよう、ベル」

 おはよう!
 おはようだって。
 今は俺の目で見て夜なのに、マーモンとっては朝らしい。
 時計の故障でないことがわかってしまった。
 俺は何もないようにおはようと返すと早足で歩く。

「ねえ、ベル、あっちょっと待って」

 後ろでマーモンが何か言っている。
 それでも早足で歩き去った。
 俺は何を焦っているんだろう。
 外へ出てみればやっぱり夜で、俺は出歩く気になれず方向転換。
 途中でゴーラとすれ違った。
 ゴーラは喋らないから挨拶なんかしない。
 それを見ると、妙に俺は安心してゴーラについていくことにした。
 ゴーラはきゅんきゅんと機械音をあげながら俺に好きにさせる。
 まあ、ゴーラが何かを拒絶したことを見たことなかったし、俺は王子だから拒絶なんかさせないけど。
 よく見るとゴーラは何か食べ物を運んでいるようだった。
 その違和感のある光景に俺はあれっと首を傾げる。
 ゴーラが食べる訳ではなさそうなソレらは、内容から見てボスのだろう。
 ん? ボスの食事ってゴーラが運んでたっけ?
 いや、運んでたよな。
 だって、本部いる時見たから。
 違和感なんてなにもないのに。
 おかしいなあっと思いながらついていったら、やっぱり案の定ボスの部屋へとゴーラはソレを運んでいく。
 俺が後ろについていって部屋を覗き込めば、不機嫌オーラ全開のボスがいた。
 なんでそんなに不機嫌かわからない。
 ただ、部屋の高そうな調度品が、ことごとく壊されていた。
 ついでに壁には穴まで空いている。
 やったのはボスだろう。
 ボス以外でこんなに部屋を壊せる人間はいない。
 ゴーラが近づくと、ボスがゴーラの巨体を殴った。
 ゴーラが揺れる。
 しかし、倒れなかった。
 変わりにゴーラが持ってきた食事が全部床へと落ちていく。
 ボスがゴーラを殴るところなんて初めて見た。
 俺がぼんやり見ていると、けだるげにボスは俺に視線を向けてくる。
 殴られるのが嫌なので俺は近づかない。
 ただ、ボスと目があっただけ。
 どんよりと濁ったボスの瞳。
 そこで、俺はわかった。
 ボスの不機嫌の理由も、部屋を壊した理由も、ゴーラを殴った理由も。

「ボスも、朝がこないんだ」

 そう呟く。
 ボスに聞こえたかはわからない。
 ただ、ボスはふいっと視線をそらした。
 でも、なんで朝がこないんだろう。
 訳がわからなかった。
 ああ、そういえば俺の朝はどうやってきていただろうか。
 目覚し時計で起きた記憶なんてない。
 誰かが、俺を起こしていた。
 そう、マーモンとか、マーモンとか、マーモンとか?
 あれ? おかしい。
 なんでマーモンしかでてこないんだろう。
 だって、マーモンが任務の時は誰が俺を起こしていたんだっけ。
 寝坊した時誰かが怒った気がした。
 俺は王子で、王子を怒れる奴なんていないのに。
 あれ? おかしい、歯車がかみ合わない。
 だから、朝がこない。
 どうしてだろう。
 あれ? あれれ?

「ベル」

 いつのまにか後ろにマーモンがいた。
 見上げてくるマーモン。
 俺は、マーモンの目線までかがんで呟いた。

「ねえ、マーモン、朝がこない」

 すると、マーモンはなんだか口をひん曲げて、そして、魔法の言葉を呟いた。

「スクアーロは、死んじゃったんだよ」






















 夢から覚めた。






















「ベル」

 目を開けると、朝だった。
 マーモンが俺の顔を覗き込んでる。
 おはようとマーモンは言った。
 外は明るくて、朝だった。

「おはよう」

 そう返すと、マーモンはベットから飛び降りた。
 時計を見れば朝の10時。
 なんだかいつもより起こしにくるのが遅い。
 俺が時計を見ながら首を傾げると、マーモンは妙に複雑そうな顔で俺を見ている。

「あのさ、ベル」

 何?
 俺が聞くと、マーモンはもしかしてっと呟く。

「ここ、誰の部屋かわかってる?」

 俺は辺りを見回した。
 あれ?
 ここ、俺の部屋じゃなかった。
 じゃあ、誰の部屋だろう。
 マーモンの部屋だろうか、昨日の記憶はない。

「あのさ、確かにあの時はさ、怖かったよ?」

 なんだか、マーモンが訳のわからない言葉を言っている。
 そして、俺は違和感に気づいた。
 なんか、マーモン背が伸びてない?

「でもさ、もうずっと前のことだし……」

 何がずっと前なんだろう。
 聞き返そうとした瞬間、扉がばんっと開いた。
 そこに現れたのは、朝日を受けた銀の髪。
 その手には、コーヒーと朝食らしい物をのせたトレイ。

「う゛お゛ぉい!! 俺のベット占領しといてずいぶん早いお目覚めだなあ!!」

 いつもの口調で叫びながら、俺にずかずか近づいてきて、ずいっと突きつける。

「こぼして俺のベット汚すな」
 
 そこで、ここがこいつの部屋であることがわかった。
 でも、なんでこいつの部屋にいるんだろう。
 そんなことを思いつつ、俺は震えた。
 あっスクアーロだと思った。
 なぜか、ため息が出る。
 これは、呆れたため息だ。安堵の息なんかじゃ全然ない。
 トレイを受け取る手すら震えていた。
 俺、王子なのにかっこ悪い。

「何、この質素なの」
「う゛お゛ぉい!! 作ってやったのになんてこといいやがる!!」
「しかも、俺コレ嫌いなのに」
「わがまま言うんじゃね!」

 そう言ってスクアーロはぐいっと押し付けた。
 俺は膝の上におくと、湯気をたてるそれをじっと見つめる。

「スクアーロ、僕もコーヒーほしい」
「おう」

 マーモンの言葉に、部屋から出て行くスクアーロを見ていると、マーモンがため息をついた。

「確かにね。僕のあの時スクアーロは死んだと思ったよ」
「でも、ちゃんと生きてるし、こうやってご飯も作ってくれるから」
「だから、ベル、もう何年も前のことなんだから、夢を見るたびスクアーロの部屋に押しかけるのはやめてあげなよ……」

 そこで、やっと俺の現実とのピントが合った。
 そうだ。もう、あれは何年も前の話だったじゃんか。
 スクアーロが鮫に食われたと思ったのも、朝がこないと思ったのも、もう随分昔の話で。
 なんだか、色々あった末(この色々が大事だったらしいがもうどうでもいい)気づいたら(ってわけじゃないけど)ひょっこり帰ってきてた。
 死んだフリしてやっぱり色々してたらしいけど、俺には興味がなかった。
 そして、スクアーロはボスに殴られて、ボスに食事運んで、俺を起こしにきて、俺に飯を食えと怒る。
 外を見れば明るくて、ああ、俺は朝なんだなっと思った。
 カップを握って、一口飲もうとして、

「スクアーロも、20を超えた奴に額にキスするのはやだって愚痴ってたよ」

 噴出した。

「う゛お゛ぉい!! てめえぇぇ!! 俺の布団になにしやがるう!」
「お前こそ王子になにしてるわけ!?」

 立ち上がろうとした瞬間、がしゃんっとシーツの上にトレイがひっくり返る。

「俺の布団ー!?」

 なんだか、そのスクアーロの顔が妙におもしろかったので、許してやることにした。





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