俺は大変なことに気づいてしまった。
それは酷く不快で重要で、俺の人生を一生左右すること。
気づいた時には遅かった。
なにもかもが遅くて気持ち悪い。
そう、なにがあったか思い出すだけで寒気がする。
なんとまあ、驚いたことに、朝がこなくなってしまったんだ。
朝目を明けたら、まだ夜だった。
早く起きすぎてしまったのかと思えば、違う。
だって、時計を見れば朝の9時。
いくらなんでも日が昇ってないとおかしいだろ、時差があっても。
慌てて起き上がって廊下を歩いていたら、ひょっこりマーモンが現れた。
そういえば今日はマーモンの試合の日じゃん。
「おはよう、ベル」
おはよう!
おはようだって。
今は俺の目で見て夜なのに、マーモンとっては朝らしい。
時計の故障でないことがわかってしまった。
俺は何もないようにおはようと返すと早足で歩く。
「ねえ、ベル、あっちょっと待って」
後ろでマーモンが何か言っている。
それでも早足で歩き去った。
俺は何を焦っているんだろう。
外へ出てみればやっぱり夜で、俺は出歩く気になれず方向転換。
途中でゴーラとすれ違った。
ゴーラは喋らないから挨拶なんかしない。
それを見ると、妙に俺は安心してゴーラについていくことにした。
ゴーラはきゅんきゅんと機械音をあげながら俺に好きにさせる。
まあ、ゴーラが何かを拒絶したことを見たことなかったし、俺は王子だから拒絶なんかさせないけど。
よく見るとゴーラは何か食べ物を運んでいるようだった。
その違和感のある光景に俺はあれっと首を傾げる。
ゴーラが食べる訳ではなさそうなソレらは、内容から見てボスのだろう。
ん? ボスの食事ってゴーラが運んでたっけ?
いや、運んでたよな。
だって、本部いる時見たから。
違和感なんてなにもないのに。
おかしいなあっと思いながらついていったら、やっぱり案の定ボスの部屋へとゴーラはソレを運んでいく。
俺が後ろについていって部屋を覗き込めば、不機嫌オーラ全開のボスがいた。
なんでそんなに不機嫌かわからない。
ただ、部屋の高そうな調度品が、ことごとく壊されていた。
ついでに壁には穴まで空いている。
やったのはボスだろう。
ボス以外でこんなに部屋を壊せる人間はいない。
ゴーラが近づくと、ボスがゴーラの巨体を殴った。
ゴーラが揺れる。
しかし、倒れなかった。
変わりにゴーラが持ってきた食事が全部床へと落ちていく。
ボスがゴーラを殴るところなんて初めて見た。
俺がぼんやり見ていると、けだるげにボスは俺に視線を向けてくる。
殴られるのが嫌なので俺は近づかない。
ただ、ボスと目があっただけ。
どんよりと濁ったボスの瞳。
そこで、俺はわかった。
ボスの不機嫌の理由も、部屋を壊した理由も、ゴーラを殴った理由も。
「ボスも、朝がこないんだ」
そう呟く。
ボスに聞こえたかはわからない。
ただ、ボスはふいっと視線をそらした。
でも、なんで朝がこないんだろう。
訳がわからなかった。
ああ、そういえば俺の朝はどうやってきていただろうか。
目覚し時計で起きた記憶なんてない。
誰かが、俺を起こしていた。
そう、マーモンとか、マーモンとか、マーモンとか?
あれ? おかしい。
なんでマーモンしかでてこないんだろう。
だって、マーモンが任務の時は誰が俺を起こしていたんだっけ。
寝坊した時誰かが怒った気がした。
俺は王子で、王子を怒れる奴なんていないのに。
あれ? おかしい、歯車がかみ合わない。
だから、朝がこない。
どうしてだろう。
あれ? あれれ?
「ベル」
いつのまにか後ろにマーモンがいた。
見上げてくるマーモン。
俺は、マーモンの目線までかがんで呟いた。
「ねえ、マーモン、朝がこない」
すると、マーモンはなんだか口をひん曲げて、そして、魔法の言葉を呟いた。
「スクアーロは、死んじゃったんだよ」
夢から覚めた。
「ベル」
目を開けると、朝だった。
マーモンが俺の顔を覗き込んでる。
おはようとマーモンは言った。
外は明るくて、朝だった。
「おはよう」
そう返すと、マーモンはベットから飛び降りた。
時計を見れば朝の10時。
なんだかいつもより起こしにくるのが遅い。
俺が時計を見ながら首を傾げると、マーモンは妙に複雑そうな顔で俺を見ている。
「あのさ、ベル」
何?
俺が聞くと、マーモンはもしかしてっと呟く。
「ここ、誰の部屋かわかってる?」
俺は辺りを見回した。
あれ?
ここ、俺の部屋じゃなかった。
じゃあ、誰の部屋だろう。
マーモンの部屋だろうか、昨日の記憶はない。
「あのさ、確かにあの時はさ、怖かったよ?」
なんだか、マーモンが訳のわからない言葉を言っている。
そして、俺は違和感に気づいた。
なんか、マーモン背が伸びてない?
「でもさ、もうずっと前のことだし……」
何がずっと前なんだろう。
聞き返そうとした瞬間、扉がばんっと開いた。
そこに現れたのは、朝日を受けた銀の髪。
その手には、コーヒーと朝食らしい物をのせたトレイ。
「う゛お゛ぉい!! 俺のベット占領しといてずいぶん早いお目覚めだなあ!!」
いつもの口調で叫びながら、俺にずかずか近づいてきて、ずいっと突きつける。
「こぼして俺のベット汚すな」
そこで、ここがこいつの部屋であることがわかった。
でも、なんでこいつの部屋にいるんだろう。
そんなことを思いつつ、俺は震えた。
あっスクアーロだと思った。
なぜか、ため息が出る。
これは、呆れたため息だ。安堵の息なんかじゃ全然ない。
トレイを受け取る手すら震えていた。
俺、王子なのにかっこ悪い。
「何、この質素なの」
「う゛お゛ぉい!! 作ってやったのになんてこといいやがる!!」
「しかも、俺コレ嫌いなのに」
「わがまま言うんじゃね!」
そう言ってスクアーロはぐいっと押し付けた。
俺は膝の上におくと、湯気をたてるそれをじっと見つめる。
「スクアーロ、僕もコーヒーほしい」
「おう」
マーモンの言葉に、部屋から出て行くスクアーロを見ていると、マーモンがため息をついた。
「確かにね。僕のあの時スクアーロは死んだと思ったよ」
「でも、ちゃんと生きてるし、こうやってご飯も作ってくれるから」
「だから、ベル、もう何年も前のことなんだから、夢を見るたびスクアーロの部屋に押しかけるのはやめてあげなよ……」
そこで、やっと俺の現実とのピントが合った。
そうだ。もう、あれは何年も前の話だったじゃんか。
スクアーロが鮫に食われたと思ったのも、朝がこないと思ったのも、もう随分昔の話で。
なんだか、色々あった末(この色々が大事だったらしいがもうどうでもいい)気づいたら(ってわけじゃないけど)ひょっこり帰ってきてた。
死んだフリしてやっぱり色々してたらしいけど、俺には興味がなかった。
そして、スクアーロはボスに殴られて、ボスに食事運んで、俺を起こしにきて、俺に飯を食えと怒る。
外を見れば明るくて、ああ、俺は朝なんだなっと思った。
カップを握って、一口飲もうとして、
「スクアーロも、20を超えた奴に額にキスするのはやだって愚痴ってたよ」
噴出した。
「う゛お゛ぉい!! てめえぇぇ!! 俺の布団になにしやがるう!」
「お前こそ王子になにしてるわけ!?」
立ち上がろうとした瞬間、がしゃんっとシーツの上にトレイがひっくり返る。
「俺の布団ー!?」
なんだか、そのスクアーロの顔が妙におもしろかったので、許してやることにした。
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