ずるずると濡れた布を引きずる音がした。
それを聞き取ると、彼は微かに口元を吊り上げる。
音はどんどん近づき、扉の前で立ち止まった。
連続した雫の落ちる音。
彼は目を細め声も出さず、深く椅子に腰掛けて、ただ、扉が開かれるのを待った。
ノブが、回る。
「……ぃ」
扉が開かれる。
そこに立っているのは黒衣の男。
顔に張り付いたずぶぬれの銀の髪を軽く払いその顔があらわになる。
「よぅ、ボス」
ニヤリっと男は笑った。
肌は青白い程だというのに、目だけはぎらぎらとした輝きが絶えない。
「鮫の腹の中はおもしろかたったぜえ」
それに対し、彼もまた、同じ笑顔を見せる。
驚きも、疑問も微塵もない顔で、彼は黙っていた。
男もまた、それ以上特別口を開こうとしない。
ぽたぽたと、その体から滴る雫だけが空間に音を響かせる。
長い、長い沈黙。
男はもう一度まとわりつく髪を払い、そして、先のない腕を突き出した。
「新しい義手がいるなあ」
「髪はどうした」
男の言葉を無視するように彼は聞く。
それに、男は笑って答えた。
「鮫の腹の中に置いてきた。あそこで俺は死んだからなあ」
彼は、目を細め、今はない髪を見やった。
そして、小さく舌うち。
「また伸ばす」
「当たり前だ。まだ計画は終わってねえ」
そうだなっと男は返すと、その場でだらりっとくずれ落ちた。
「ルッスーリアの隣にベット用意しとけえ」
それを境にじわりっと水滴に赤が混じった。
そこでやっと彼は椅子から立ち上がる。
「てめえの寝床はルッスーリアの隣になんて用意してねえ」
じゃあ、どこなんだよっと聞く前に、男は近くのベットに放り投げられた。
乾いたシーツにぐっしょりとぬれた体に落ちて、じわりと侵食する。
体がくらい拭いてから帰ってこいと彼は呟いてばさばさとタオルを放り投げた。
ばさばさとタオルに埋まっていく。しかし、抵抗も、返事もなく、少しだけ荒い寝息が聞こえた。
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